第22話 まずは足場固めから始めよう
城に戻って初めての朝を迎えた。
身体の節々は痛いし気だるい。だけど頭はスッキリしている。
暗殺の心配のないこと。これほど清々しい朝をを迎えるのは久しぶりだ。
時計を見ると、十一時を過ぎている。
「ん? ああ二度寝したんだった」
魔女の館を出る時は、空が明るくなっていたのだ。ベッドに倒れ込むように眠っても、直ぐにメイドに起こされてしまった。また発熱したのではないか、と騒がれたが眠いだけだと応えておいた。
「おはようしおりさん。といってももう直ぐお昼だけどね」
「フフ。おはようございます。
それと、マスター。体調はどうですか?」
「体調はパッとはしない。だけど気分は非常に良いね。
まあ無理をしなければ大丈夫だよ」
メイドが置いていたサンドイッチを頬張り、コーヒーを飲む。魔法道具のおかげでまだ熱いくらいだ。
「さて、何から手を付けるべきかな」
暗殺者のリーダーから、様々な情報を得ていて、それらは全てしおりさんの中に登録されている。それらの貴重なデータを有効活用したい。
「暗殺は、もうされないことは分かっているけれど……」
今までで、一番恐ろしかったのは、いつ訪れるか判らない暗殺への恐怖だった。
これはリーダーの排除により、暗殺命令は出せなくなった。
だが、僕に何も起きなければ、その内に暗殺者たちは疑問を抱くだろう。
『暗殺者たちの郷』に、機密漏洩が疑われることが一番危ない。そうなると、手下から始まり、次は暗殺者のリーダーが疑われるだろう。
なにしろ暗殺者のリーダーは既に死んでいるのだから、疑われたら秘密がバレるのは時間の問題だろう。
そうすると、次の暗殺者のリーダーが派遣されるだろう。
もちろん、機密情報は書き換えられてしまう。苦労して手に入れた情報がゴミと化す。
そうなると、また暗殺者への対策を練り直す必要が出てきてしまう。
暗殺を恐れる日々に逆戻りである。
「他の暗殺者たちが不審に思わない。彼らの目をどうやって誤魔化すか、ですね」
「そういうこと。で、どうするのかだけれど……」
その対策として、皇太子への暗殺は粛々と行われている。
だが、暗殺を行う機会は訪れなかった。もしくは失敗してしまった、という芝居を打たなければならない。
早い話が、僕は毒薬を飲むのだ。
だけど、馬鹿正直に本物の毒薬を飲む必要はない。
偽物であっても構わないのだ。
誰も中身が偽物なのか、知らなければソレは本物で済むのだから。
「そうだね、毒薬をどうにかしたい」
「排除するのですか」
「いや、中身を入れ替えるんだよ」
「了解しました。よく似た素材を探しましょう」
しおりさんは検索する。毒薬のレシピから、僕が飲んでも無害の物を探す。
「該当する素材を見つけました。ただ、それを手に入れるためには人手が必要ですが……」
「そうか。僕以外に動ける人が欲しいんだ」
自分で動いて調達する。
その場合は、そもそも城に存在するかどうかを調べることから始めないといけないし、在庫が無ければ誰かから手に入れる必要が出てくる。
そうなると、僕が何をしているのか疑問に思う人が必ず出てくるだろう。
他の人に頼む場合。それも手順が一つ増えるだけで、僕が何かしていることが、その頼んだ人からバレてしまうだろう。
「うーん」
思案する。どこから手を付けるべきだろう。
「まずは味方となる人間は、この城にはどれだけいるのかな?」
「検索します。ウィルバーン城に勤める使用人は百八十七名おります。
内十七名がマスターの味方に該当します」
「九分の一ほどか……」
意外と多いと見るか、それとも少ないと見るべきか……。
「まあ、死にかけの病弱皇太子だったんだ、頼りになるとは思われていないか」
皇太子としての名声はあっても権力は無い。アルヴィンの味方だとしても、僕の味方だとは限らない。妥当な人数だろう。
「それで、僕と関わり合いのある者の中には誰かいるのかい?」
「マスター専属のメイドであるシアと、執事デニス、それから医師マウリでしょうか」
メイドの一人シアは、昨日僕の心配をしてくれたメイドだ。
執事のデニスは父の代から仕えている壮年の男性だ。
老医師マウリは、昨日僕の治療をしてくれた担当医だ。
「そうだな。彼らなら信用できるだろう。よし秘密を打ち明けてみようか」
「それと、味方と思われる方全員に、全てを打ち明けるのは如何なものかと思います」
「うん、それはもっともな話だね」
あまり多くの人間に今の秘密の全てを打ち明けても仕方が無い。情報の漏洩が恐ろしい。まだ暗殺者たちは二人いるのだから。
(まあ、暗殺者たちが成り代わっている相手は誰なのか、そのことを教えておけば、注意してくれるだろうが……
注意で済むはずないよなあ)
ウィルバーン城には暗殺者がいて、自分の近くにいる。そんな状況で平然としていられるほど、肝っ玉の太い人間がどれだけいるのだろうか。
それに、注意していても、相手は凄腕の暗殺者たちだ。
彼らの身の安全は保証できない。
「そうだなあ……」
僕が居留守を使うとき、偽の証言をしてくれること。
つまりアリバイ作りだ。
なにせ、これから城を出て、あちこをまわる必要が必ず出てくるのだから。
始めのうちは、あまり難しいことはしないでもらおう。
僕も何が出来るのか分からない。手探り状態からの出発である。
「どんな反応をするのか。それを確かめてからだ」
僕の味方であったとしても、お喋りではいけない。
自分の意思で話すことを考えられる人でなければ危なくて秘密は話せない。
まずは、僕の味方になってサポートしてくれる、その決意を知りたいのだ。
ドアをノックする音が聞こえる。
「殿下、マウリ先生とメイドのシアを連れてまいりました」執事のデニスの声だ。
「ありがとう。入ってくれ」
デニスに手招きされて、メイドのシアと医師のマウリが入室する。
ドアが勝手に閉まる。
「この部屋は防音だ。誰も邪魔はしてこない」
緊張した面持ちの面々。
特にメイドのシアは見るからに緊張しているのが分かる。
彼らの視点の先に気づいた。
「ああ」
宙に浮かぶしおりさんを見て、驚いているようだ。
「彼女はしおりさんと言って、僕の補佐役、いや参謀……いや、相棒かな」
「しおりと申します。以後お見知りおきを」しおりさんはゆったりと明滅した。
驚く一同。まあ、見た目が本なのに、喋れば誰でも驚くだろう。
「もしや、アーティファクトなのでは……」驚くマウリ医師。
「ああ。そうだよ」
「おおー」ざわめく一同。
やはりアーティファクトの存在は目立つよなあ。
でも、しおりさんの存在を隠し通すことは難しい。
彼女には、人前では喋らないこと、ただの記録帳、そんなフリをしてもらおう。
(……後で機嫌を損ねないように、上手に説得しないとなあ)
これは、三人の説得よりも難しいかもしれない。
「このことは内密に頼むよ」
「分かりました」マウリ医師は頷くと、他の二人も肯いた。
さて、ここからが本番だ。
「ここに呼んだのは、話したいことがあるからなんだ」
「そして、その話を聞いたからには、後戻りはできない。それから誰にも話してはならない」
僕はゆっくりと三人の顔を見回した。
「覚悟があるなら、このままソファーに座っていてほしい。覚悟がなければ静かにドアを開けて出て行ってほしい」
三人の顔が見るからに強ばるのが分かる。
「ああ、別に話を聞きたくなくても問題はないよ。解雇したりはしないから。今まで通りの勤務態度で問題はないから」
僕は努めて優しく言う。
それぞれ顔を見回したが、次第に覚悟を決めていく。コクリと強く頷いてくれた。
「そうか。聞いてくれるか。ありがとう」
僕は安堵のため息をついた。これで一歩前進だ。エレオノーラと会話した時と同じくらい緊張してしまった。
「では、僕の話を聞いてほしい……」
魔女に出会ったこと。味方を増やすため外へ出る必要ができたこと。
それらを実行するため、僕が城に居ないとき芝居を打ってもらいたいこと。
それらを分かり易くかみ砕いて伝えた。
もちろん、暗殺のリスクもあるので、他人には絶対に漏らしてはならないことも。
「では、殿下はついにイグナート様と戦う決意を決められたのですね
」そうデニスは興奮気味に言う。彼はかなりイグナートに対して憤っていたようだ。
「ああ。だけど味方がいない。それで城から外に出て、味方を増やす必要があるんだ。ここから挽回するには時間が足りない」
「君たちは、僕の外出以外では普段通りにしていてもらいたい」
では、ソファーに座っている順番で話すとしよう。
先ずシア。
「僕が部屋に居なくても、居てるようなフリをして欲しい。
『体調が優れなくて、一人で部屋にいたいから』そう言って誰か訪ねて来ても部屋に入れないでほしいんだ」
「ディアナ様やアルヴィン様であってでも、ですか?」
「そうだ。悪いが断って欲しい」
七歳児に秘密は守れないだろう。気の毒だが仕方ないことだ。ここは心を鬼にしてでも面会はしない。
次はデニス。
「ウィルバーン城に入ってくる情報を全てしおりさんに伝えて欲しい。
それと君には新しく部下を持って欲しいんだ。信頼出来そうな人物は、既にしおりさんが目端を付けているから、後で聞いておくように」
「はい。承りました」
デニスの任務は、密偵の役割だ。
ウィルバーン城内で流れている噂の吟味、それから対抗者であるイグナート側の人間に間違った情報を与える役割である。
「それと、僕が必要な材料の入手も頼むよ。色々な材料と一緒に混ぜて送ってもらって、どんな使い方をしているのか分からないようにして欲しい」
「はい。お任せください」
最後はマウリ医師。
「先ずはマウリ主治医。貴方には今まで随分と苦労をかけていた。お礼を言わせてもらうよ」
「そんな、殿下わたしは当たり前のことをしただけです」
「いや。貴方の献身的な治療が僕を生き延びさせたことは間違いない。ありがとう」
「殿下」マウリ医師は目に涙を溜めている。
別に大げさなことは言っていない。今まで何度も毒殺の危機を救ってきたのは彼なのだから。
「さて、主治医に頼みたいことは他でもない。僕が毒殺されるタイミングで、一緒に芝居を打ってもらいたいんだ」
「ど、毒殺ですか。それは聞き捨てなりませんぞ」興奮気味に主治医は言う。
「あ、いや。何も毒をそのまま飲むんじゃないんだ。飲む振りをして、ベッドで寝込んでいる、その芝居だよ」
「そ、そうなのですか」
「ああ。敵を欺くならまず味方からと言うからね」
「分かりました」マウリ医師は力強く頷いた。
これで、城内での役割配分はひとまず終わった。
次は暗殺者の隠れ家に出向くとしよう。
そこで毒薬をどうにかしなければ何も始まらないのだ。
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