第21話 餞別の品

 先ほどの転送陣のあった部屋へ戻ってきた。

 僕は転送陣の上に片足を乗せる。

「あの……」僕は魔女の方を向き、意を決して口を開く。


「それと、あと一つ知りたいことがあるんですが……」

 口にするのは心苦しい。

 だが、もう一つだけ、大きな疑問があるのだ。


「何故イグナートは、僕の暗殺に固執するのに、

 弟を、何故アルヴィンを暗殺しないのでしょうか?」

 これが一番の疑問なのだ。次期皇帝の本命と目されているのは、僕ではなくて、弟のアルヴィンなのだから。


 こんないつ死んでもおかしくない病弱キャラを標的にするよりも、年端もいかない弟の暗殺を優先することのほうが、簡単なのではないのか。

 幸か不幸か、僕の暗殺を優先させているように感じられる。


(これは最悪の結果の予想だ。だが、仮の話だが、ディアナやアルヴィン。あの子たちが先に暗殺なんてされたなら、僕は頭がどうにかなりそうだ)

 悪役女帝となったディアナみたいに、悪役皇帝ユーシスが誕生するだろう。


 直ぐに攻め滅ぼされるだろうが、イグナートにひと泡吹かせられるならば、手段は問わない。

 帝国の将来? そんなものは知らない。

 僕の中にある、現世の僕の記憶と感情が、そんな昏い願望をむき出しにして訴えてくる。

 そんな可能性を考えると背筋に怖気が走る。でも、考えなくてはいけない。


「僕の暗殺に固執する理由を知りたいんです。そこに何らかの手掛かりが隠されているかもしれないのだから……」

 イグナートが年端もいかない弟を殺したくない。そんなごく普通にある良心。

 あいつにそんな感情が欠片ほど残されているだろうか。それが疑問なのである。


「お主はどの様に考えておるのじゃ?」

「そうですね。一番最初に考えたのは、僕の年齢です」

「なるほど。もうすぐ成人。城の守護者の試練を受ければ、即位できるからのう」

「その試練が何なのか、そもそも受けられるのかも皆目見当が付きません。

 貴女なら知っているのでは?」

「フフフ。さあのう?」魔女は愉快そうに笑った。はぐらかす気満々だ。


「後は……」

 アルヴィンは次期皇帝と目されておる重要人物。

 暗殺に、確実に成功すると踏んからでないと、手を出せないのかもしれない。

 何しろ、僕の暗殺さえ失敗し続けているのだから……。

 あの暗殺者のリーダーは相当慎重な性格をしていた。その可能性は十分にあるだろう。


 そうなると、ウィルバーン城で暮らしているならば、ディアナとアルヴィンの身の

安全は保証さているのだろう。

(城の守護者の加護は凄いからなあ)

あの手強い暗殺者のリーダーも手をこまねいているくらいなのだ。

 可能性は相当低いけれど、案外コレなのかも知れない。

 ゲーム内でもアルヴィンは殺されずに将軍に抜擢されていたからだ。


「うーん。でもなあ……」

 女帝であった母ですら暗殺をしてのけた連中だ。損害を無視すれば、暗殺は可能ではないのだろうか。

 下手な鉄砲も数打ちゃ当たる、だ。僕もそれで死にかけたのだから……。

 だが、その場合はどれだけ優秀な暗殺者が残されているか、が問題となる。

 どれも一長一短みたいな気がする。


「判らぬのか?

 お主が皇帝になれば、相当面倒な事態に陥るためじゃろう」

「そうでしょうか」

 僕は権力のサッパリ無い病弱皇子だ。

 そんな子供の何処を恐れる理由があるのだろう。


「お主は気づいておらぬかも知れぬが、相当アーティファクトに好かれる性分みたいじゃな。

 あやつはそれが気に食わぬのではないか?」

「その認識は正しいかと思います」としおりさんも同意する。


「んーん、そういうものなの?」

 古の魔女がそう言ってくれるのは素直に嬉しい。

 もしかしたら、魔剣ドラッチェオーンさえも僕の手元に来るかもしれない。

 そのことは、先ほどチラリと考えた。

 だが下手な自信は自惚れへと繋がるのだ。

 イグナートが手に持つ魔剣が、そんな簡単に僕の手元へ来ることはないだろう。

 淡い期待だけを頼りにして、この先を進んで行けば、早晩自滅するだけだ。


「アーティファクトはのう、気に入らぬ相手には姿さえ現さぬものじゃよ」

 古の魔女エレオノーラは、意味深な微笑みを僕に向けてきた。

「そうなのかな?」自分ではよく分からない。しおりさんを見やる

「そうですよ。マスター」

 しおりさんは機嫌良さそうに明滅した。



 僕たちは転送陣の上に乗った。

「今度会うときは、お主が皇帝になっておる時じゃな」

「ええ。もちろん」

「じゃが、今のお主では相当厳しいじゃろうなあ。能力も知己の多さもイグナートより劣っておるじゃろう」

「ええ。それは承知しています」

 それは十分心得ているつもりだ。挽回するために、必死になって足掻いてやるさ。


「ならば、城の外れにある尖塔に行くがええ」

「尖塔ですか?」

 魔女が言っているのは、僕の部屋から見える尖塔のことだろう。

 あのボロボロの尖塔は確か立ち入り禁止だったのでは……。


「面白い所へ繋がっておるぞ。そこでお主に足りぬものを探すがええじゃろう」

 魔女が言う、僕に足りないもの。

 まあ色々あるけれど、一番の問題は頼れる味方を得ることだろう。

 アーティファクトではない生身の人間の味方。直接的にも間接的にもサポートしてくれる人材がなければ、組織は成立しない。

 だから、そういう味方を少しずつでも増やしていく必要があるのだ。


 このまま鍛錬だけしていても、イグナートとの戦力差は開く一方である。

 面白い所。

 魔女は持って回った言い方をしていたが、恐らくこことは別の場所と通じているのだろう。

 ウィルバーン城には、そんな機能が隠されているのを知った。まだ隠し通路があると思われる。


「ええ。何か見つけ出してきますよ」

「まあ、蒼穹のペンダントはやれなんだが……。

 ほれ、餞別じゃ。どれか一つを選ぶがええ」

 魔女が指を鳴らすと、どこからともなく箱が現れた。

 綺麗な装飾の施された箱。宝石箱みたいだ。それが三つある。


「あ、ですが、貴重な情報を手に入れられたので満足してますよ」

 蒼穹のペンダントが手に入らなかったのは残念だが、暗殺者の魂から得た情報は、文字通り値千金なのだ。

 城内での足場固めをするには十分な情報だ。

 魔女の館に来たことは、無駄骨ではなかったのだから。


「まあ遠慮するでない。ここまで来られた駄賃と、これから先への手向けじゃ。とっておけ」

「魔女殿もそう申しています。お好きな品をどうぞ」としおりさんも勧める。

「そうですか。では遠慮なく」

 僕が宝石箱の前に立つと、蓋は勝手に開いた。それぞれの箱には、

 白い腕輪、大粒の宝石、神秘的な短剣が入っていた。


(あれ? 確かゲーム内のイベントで、聖女はアイテム選択の場面があったような……。

 でも、この老婆では無かったと思ったのだが……)

 僕の記憶違い? これもフラグなのかな?

 まあ、既にフラグは折られているのだ。

 せっかくなのだから、貰えるものは有り難く貰っておこう。


「さて……」どれにしようかと悩んでいると、何だか白い腕輪が一瞬だけ光ったような気がしたのだ。

「では、この腕輪をいただきます」

「ほう?」エレオノーラは少し驚いた顔をした。

「この腕輪は?」

「まあ、魔除けの腕輪じゃよ。精神攻撃に高い耐性を持つのじゃ」

 名は祈りの腕輪と言う。魔力を回復してくれそうな名前だ。


 細かい飾りが彫り込まれた美しい腕輪だ。神秘的な見た目をしており、確かに魔法防御に優れていそうである。

「それと、自分の気持ちを、他者に伝えることが出来るのじゃ」とエレオノーラ。

「へえ……」

 他者に気持ちを伝える力がある。何だかファンタジーな雰囲気がする力である。

 いかにも聖女が持っていそうな腕輪だ。

 ……本当に貰っちゃっても良いのだろうか?


 どうしようか、と悩んでいると、

「持っておいても損はしないぞ?」と魔女が勧めてきた。

 古の魔女、お勧めの品。これはアタリかもしれない。

「ありがとうございます」

 僕は深々と頭を下げた。頼りになる魔法道具は一つでも多く所持したいものだ。


「やれやれ。一筋縄ではいかぬ御仁ですね」フウッとため息?を吐くしおりさん。

「カカカッ。お主もな」魔女は愉快そうに笑った。

「わたしはマスターのお役に立つことしかしていませんよ?」

「そうか。ワシもそうじゃよ」

「フフフ」

「カカカッ」

「? 相談しているの?」

「内緒話です」しおりさん、しれっとのたまう。

「女同士の、な」魔女は軽くウインクしてきた。


「何を訳のわかんないことを……」

 僕は苦笑した。

 だが、この館に来たことは、大きな収穫であった。

 今から逆転するために必要な、クサビを一つ入れられたような手応えを感じる。


「では、古の魔女エレオノーラ。今度こそさようなら。次に会うときは戴冠式で」

「ああ。楽しみにしておるぞ」

 僕は光に包まれた。魔女の館から、ウィルバーン城へ戻るのだった。

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