第20話 フラグが折れました

 青白い顔をした見知らぬ男が突然現れた。曇ったガラス玉のような、虚ろな目をしている。覇気は無く何の感情も見受けられない。


「この男は、さっきまでお主と戦っていた者じゃよ」

「あの暗殺者ですか」

 流石にあの人体標本の顔ではなかった。この顔が、この男本来の在るべき素顔なのだろう。三十過ぎぐらいの男性だと見受けられる。


「この男に質問すればええじゃろう。魂は嘘をつけぬからのう」

 なるほど。この男は魂だけの存在。つまり幽霊みたいなものか。

 死者の召喚。夏休みの特番で見たことがある。つまり、魔女はイタコと同じことをしたのだ。

 テレビで見たときは、相当胡散臭い印象を受けたが、こちらは正真正銘本人のようだ。


「お前に訊きたいことがある。まずはお前の雇い主はイグナートで間違いないか」

「はい」

「僕の命を狙っていたのはお前なんだな」

「はい」


「お前のような暗殺者はどれだけいるんだ」

「わたしを加えて三名です」

「リーダーは誰だ」

「わたしです」

「みんなお前ほど腕が立つのか」

「わたしが一番強く装備も充実しており、他の二人は実力も装備も一段劣ります」

 これは良い情報だ。残りの二人は、幽霊の男ほど手強くないようだ。


「ふむ。では、イグナートとどうやって連絡をしているんだ」

「秘密の暗号です。わたしが手下に符号を与え、それをイグナート様に送っていました。

 重要な任務を終えるまで、誰もイグナート様とは会いません」


「手下との連絡方法は?」

「魔法を使ってです」

「魔法で?」

「ウィルバーン城の外です。城内は城の守護者の監視の目が光っていますから」

「ああ。なるほどね。直接会っての情報交換は?」

「我らの郷を出て、一度任務を開始すれば、味方であっても出会うことはありません」


「何か突発的な事故でも起きれば終わりじゃないのか。

 例えば部下が任務に失敗した時はどうしている」

「わたし以外の部下はただの駒です。

 部下が死ねば、郷から新たな者を送り込んでくる手はずです。

 決められた時間内に、部下から連絡がなければ、その者は死亡したと見なされます

 仮に時間が過ぎても来ないようでは、わたしが処分しますから」

「な、なるほど」

 合理的というか、ドライというか。まあ暗殺者なんてそんなものか。

 しばし思案する。


「ならば、重要な任務が終わるまで、暗号だけのやり取りということだな」

「はい」

「普段どこに潜んでいる?」

「城の外れの隠れ家です」

「一つだけか?」

「いいえ。三ヶ所あります」

「中にはどんなものを置いている」

「暗殺と情報収集に必要な道具です。予備の武器もおいてあります」


「あの狼たちはどうやって手懐けた」

「あの狼たちはどうやって手懐けた」

「魔笛を使って、あらかじめ洗脳しておきました」

 先ほどの戦いを思い返す。確かに男が何かを握っていた。その笛のことだろう。


「手下の魔物はどれほど残っている」

「狼たちは、九割方死にました。残りは戦闘向きではありません」

「あの狼の魔獣は生き残っているのか」

「いえ、全て死亡しました」

「ふむ」

 暗殺者たちの戦闘力は大幅減か。それでも、ウィルバーン城の周りは不用意に近づかないでおこう。狼の嗅覚も犬と同じくらいあるはずだから。


「次は……」

 暗殺者ならば、情報収集のために、誰に化けて行動していたのか、それが気になる。色々な秘密の情報を探っていることだろう。


「ならば、お前が知っている城の情報全てと、イグナートとの連絡方法。暗殺者の郷との連絡方法、それら全てに関わる暗号を教えてもらおうか」

「しおりさん」僕はしおりさんと目配せする。

「了解です」


 しおりさんに、暗殺者が用いる暗号を全て習得してもらった。これで、僕に対する偽の情報を混ぜて、かく乱できるようになった。

 当分の間はイグナートの目をくらませることが出来るだろう。


「では、あの武器についての質問だ。

 あの業物はどうやって手に入れた」

「イグナート様より頂きました」

「作り方などは知らないのか」

「はい」

「お前は城での暗殺に関連する事柄、それ以外の任務はしていないのか」

「していません」

「そうか。知っているのはイグナートか……」

 あの業物がどれほど存在するのか、手掛かりも知らないようだ。


「やはり業物に関連する情報は持っていませんね」

「そうだね」

 まあ暗殺者に重要な情報は与えることなしないか。あの厄介な業物は、イグナートにとっても貴重な品なのだろう。


「でも、この男とイグナートとの連絡方法は分かったのは大きいよ」

「そうですね。しばらくは自由に行動できるでしょう」


「これで最後の質問だ。母を殺したのはお前か」

「いいえ。郷の別働隊です。わたしの前任の者です」

「そいつはどうなった」

「死にました。城の守護者の干渉を受けて消し炭になりました」

「そう、か……」

 なんとも言えない気持ちになった。命令したのは当然イグナートだろう。

 これで是が非でもあいつには帝位を渡してはなるまいと、改めて決心する。



「エレオノーラ様、この男から訊くことはないようです」

 僕は魔女がいる方に顔を向けた。

「フフ。存外スッキリした顔をしておる」エレオノーラは満足そうに微笑んだ。

「ええ、まあ……」

「悩んで答えを出すがええ。

 外道はな、その様には悩まぬよ」

 魔女は男の方へ向く。

「さて、ご苦労じゃったな。

 業深き男よ。女神様の元で安らかなひとときを迎えるがええ」

 古の魔女が呪いを唱えると、男の身体は温かな光に包まれた。

「……がとう」男は消滅した。恐らく初めて誰かに感謝したのではないだろうか。



 残るは、蒼穹のペンダントを譲渡してもらうこと。

 僕は魔女エレオノーラに顔を向けた。

 皇帝ゆかりの三つのアーティファクト。

 皇帝の証となる最上級の逸品たちである。


 魔剣ドラッチェオーン。

 蒼穹のペンダント。

 皇帝の証である静寂のティアラ。


 静寂のティアラは皇帝になれれば自動的に手に入る。これは城の守護者が管理しているから、イグナートも手出しできない。


 そして、残りの一つ、蒼穹のペンダント。それはこの古の魔女が持っているのだ。

 乙女ゲーで、聖女が譲り受けたアーティファクト、それが蒼穹のペンダントなのである。


 聖女と相対する悪役女帝ディアナの切り札が『暗示の秘宝』なのである。

 暗示の秘宝とは、一言で言えば強烈な効果を発揮する『魅了』を、相手にかけるアーティファクトのことだ。


 ただの魅了なのか、と簡単に考えてはいけない。

 自分にとって、最高の味方が最強の敵に一瞬でひっくり返る。そう考えればそれはとても恐ろしいことである。

 しかも所有者の魔力以下の敵に必ずかかるのだからとんでもない威力である。


 乙女ゲーの中で聖女は、暗示の秘宝により魅了状態にされた王子と、その仲間たちとで、戦う寸前にまで陥ったのだ(何かカッコイイセリフを言って、王子は聖女に攻撃を仕掛けなかったけれど)


 その上、魅了の効果範囲は所有者、この場合は悪役女帝ディアナの魔力が及ぶ範囲なのだから、手が付けられない。正に最凶のアーティファクトだ。


『暗示の秘宝』の力を弾き飛ばし、ディアナを打ち倒したのが、蒼穹のペンダントなのである。


 僕が蒼穹のペンダント手に入れていれば、

 魔剣ドラッチェオーンを手にしたイグナートと対峙したとき、切り札になるのは間違いないだろう。



「僕がここに来た理由。それは蒼穹のペンダントを譲って欲しいのです」

 僕は前のめり気味に言う。

「それは、無理じゃな」魔女はすげなく即答した。

「もうあのペンダントは譲ったからじゃ」

「え…………」僕はあんぐりと口を開けたと思う。頭の中が真っ白になり、何も考えることができなかった。


 長い沈黙の後、僕はやっと次の言葉を絞り出した。

「だ、誰にですか?」

「それは言えぬのう。運命が狂ってしまうのじゃ」魔女は首をゆっくりと振った後、真顔になった。

「それに、もう譲り渡した者は、亡くなっているのじゃ」

「そ、それじゃ蒼穹のペンダントは……」

「さあ? 誰の手に渡ったのじゃろうなあ。皆目見当もつかぬよ」

「そ、そんな」

 僕は、目の前が真っ暗になるような気がして、思わずその場にへたり込んでしまった。


(もしかして、僕が先を急ぎすぎたから、フラグが折れてしまったのかも……)

 ゲームで言うならば、本来先に起きているはずのイベントが起こらなくなったため、条件が整わず、古の魔女から譲り受けるはずの蒼穹のペンダントが手に入らなくなった。

 そう考えると辻褄が合ってしまう。

これで、この状況をひっくり返せるチャンスが激減してしまったのだ。


(いや、確かにしおりさんや紫電のレイピアなど複数の頼もしいアーティファクトは味方にいる。が……)

 僕個人だけで全てに対応できるのか、と言われれば、

 無理だとしか言えない。

 

 『戦いは数だよ兄貴』という有名なセリフがある。事実、大抵の場合はその通りなのだ。

 権力者と大金持ち、複数を敵に回した、若手敏腕起業家(参謀は優秀だが本人は病弱)では、勝ち目はあまりにも薄い。


(蒼穹のペンダント。それさえあれば、僕にも逆転のチャンスは十分あるのに……)

 

 皇帝ゆかりのアーティファクト。

 それは、銀行に融資を受け入れるための担保と言い換えれば良いだろう。

 金という実弾がなければ、この世の中を戦い抜くのは厳しいものなのだ。


 今の、帝国内における権力のパワーバランス。それが長く続くと、安易に考えてはいけない。

 何かの拍子にはじけ飛ぶかもしれない。

 そうなると最悪、ウィルバーン帝国は内戦に突入してしまう。


 そうなる前に、蒼穹のペンダントの所有者であると示すことで、次期皇帝の有力候補なのだという信憑性がグッと上がるのだ。

地方貴族たちを説得するための難易度は大幅に下がるだろうから。



「まあ、気を落とすことはない。あの品もまた持ち主を選ぶ。

 運命が交差する時間、運命に決められた場所、運命に決められた者。

 言うなれば

 然るべき刻、然るべき者の手に在る。あれはそういうモノじゃよ」


「な……」

 何処の世界のベヘリットだよっ、と思わず突っ込むところだった。

「まあ、己を信じ、力を蓄えることじゃな。それが蒼穹のペンダントを手に入れるための一番の近道じゃろう」

 魔女は、自分の孫を見るような目をして優しくそう言った。


「そ、そうなんですか……。

 それじゃ僕は鍛錬に励んで認められなければ……」

 蒼穹のペンダントを手に入れるためのきっかけ。

 入手するチャンスが僕に巡ってくるということだ。


 そのことを知り、どうにか気分は上向いてきた。思わず安堵のため息が漏れた。

「ああ。道は切り開かれるじゃろう」

「予知ですか」

「まあ、そうじゃな」

 カカカッと、エレオノーラは豪快に笑った。

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