第19話 古の魔女エレオノーラ
白いローブを着た老婆がそこにいた。
服飾にはうとい僕だが、上質そうな生地を使っているように見えた。
着ている老婆も品の良さそうな雰囲気をしていて、昔はさぞ美人だったのだろう。まだ面影が残っている。
魔女というよりも裕福な家のご隠居といった感じだ。
「森が騒がしいから来てみれば、派手にやらかしたのう」
ジッと僕としおりさん、それから足下の覆面の男の亡骸を交互に見やる。
「ちょっとは見所があるやも知れぬ」
「興味が出てきたわい。
付いて来るがええ。お主の聞きたいことに答えようぞ」
そう答えると、魔女は姿を消した。今見た老婆は、幻だったのだ。
その幻の後を追うように、覆面の男の亡骸は宙に浮かぶ。
シュルシュルと白い布が男の遺体を包み込んでいく。
何となく人の形に見える。
かなり不気味だが、あの遺体を見るよりは数段良い。シーツにくるまれた人影は、勝手に進んでいく。
僕としおりさんが顔を見合わせた。
「付いてこいってことなのか」
「そうでしょうね」
シーツにくるまれた人影の後をソロソロと付いていく。
ピタリと立ち止まると淡い光に包まれた。
人影は音も無く消え去った。彼女の居た場所には、いつの間にか魔方陣が敷かれていた。
「空間転移の魔法ですね」
「これに乗れってことかい?」
「はい」
「さすが、古の魔女だな」
僕は覚悟を決めて魔方陣に足を踏み入れた。
光のベールが消え去ると、板張りの部屋の中に出た。天井全体がボウッと光っている。照明の役割も兼ねているのだろう。
僕は魔方陣から踏み出した。
備え付けの大きな棚が幾つも並んでいて、ビーカーの中には様々な材料と標本が並べられている。いかにも魔女の屋敷という感じがする。
「ここが、魔女の館の中なのか……。
何だか物置小屋に見えるけれど」
「確かに。ですが、位置的には魔女の館を指し示しています」
まあ、先導したのが魔女本人なのだから、館で間違いはないだろう。
だが、肝心の魔女が見当たらない。
「参ったな。まずは魔女を探さなくてはならないとは……」
「どこにいるのだろう」そう呟くと、
「この先の部屋じゃよ」としわがれた声が耳元に響いた。
驚いて周囲を見回すが魔女はいない。恐らく魔法なのだろう。
「そこは、貯蔵庫を兼ねておる。まあ、普通の者の家ならば、勝手口に当たるかのう」
「さあ、そこの扉をくぐり抜けるのじゃお客人よ
しわがれ声に反応して、大部屋の扉が音も無く開いた。
「さて、魔女は何を知っているのかな」
僕は頬を叩いて気合いを入れたのだった。
魔女エレオノーラが待っていた部屋は、どこか一流ホテルの客室を連想させるものであった。
魔女の館という言葉から連想させるおどろおどろしいイメージではない。
「こんな森の中まで来るとはご苦労なことじゃなあ」
「はい。賢明なる森の魔女殿のご助力をたまわりたく参上しました」
格式ばった答え。
「カカカッ。堅いのう。肩の力を抜くがええ。そんな緊張してもなんにも出来はしないぞ」
「はあ……」何だか拍子抜けしてしまう。
あれ? このお婆さん伝説の魔女じゃなかったっけ?
ゲーム内では、もっと貫禄があったと感じたけれど。
聖女の時と対応がかなり違う気がするぞ? 記憶違いかな?
「この館まで来られる程度には成長したようじゃのう。死にかけの青びょうたんじゃと思っておったが、どうやら化けたようじゃな」
と、品の良い顔立ちのくせに毒舌をのたまう。
皇太子相手に口が悪い。ざっくばらんな性格なのだろう。
こちらもフランクに話すとしよう。
「化けた、というよりも思い出したという感じかな。
信じられないかもしれないでしょうが……」
僕は前世の記憶が蘇ったことをエレオノーラに説明した。
「ほうほう、『遠読み』に目覚めたか」
「前世の記憶にある、ゲームの設定のこと?」
「遊戯とは言い得て妙じゃ。神々の予定表(シナリオ)。それを知っている者のことじゃよ」
「皇帝の血筋はそういう特性が出る者も極々稀に排出しおる。
お主がそうなのだとすると、面白い。とてつもなく面白いわい」
カラカラと豪快に笑った。
エレオノーラからは、第三者としての意見を聞かせて欲しい。現状の把握が出来ていないのだ。
しおりさんの知識は過去のもの(約二年半前)が大半で、現状の認識とはズレがあるのだ。
僕が得られるだけの情報と組み合わせても、対策は不十分でしかない。
設定では、古の魔女エレオノーラは歴代の皇帝と面識があったはずだ。
誰も知らない、忘れ去られた貴重な知識を持っているはずである。
それと、ゲームでは、魔女は水晶玉で、占った相手の未来を少しだけ見ることができたはずだ。
どの程度の精度かは分からないが、参考にできるはず。
「貴女に教えて欲しいことは、二つあります。一つはイグナートの現状何をしているのか。もう一つは蒼穹のペンダントの在処です」
イグナートの次の一手がなんなのか、僅かな手掛かりだとしても知りたい。
この詰まった現状を打ち破る手掛かりとなるかもしれないのだ。
それと蒼穹のペンダント。
これを手に入れることがこの館にまできた最大の理由である。
「蒼穹のペンダント。フフ。それを何処で聞いた?」
「ゲーム……神々のシナリオからです」
「そうかそうか。
質問は二つあるのう。一つずつ応えるとしようか」
エレオノーラは、机の上にある水晶玉をのぞき見る。僕ものぞき見るが、複雑な模様が浮かんでは消えの繰り返しにしか見えなかった。
「ふーむ」エレオノーラは瞑目する。
僕としおりさんは、固唾をのんで見守っている。
「見えたぞ」魔女の瞳が開いた。
「現状、イグナートがお主よりも先んじている最大の理由。それは魔剣ドラッチェオーンを手にしておるからじゃよ」
「え。まさか」
噂は本当だったのだ。しおりさんの方を見やる。
「そうですね。あの者は魔剣ドラッチェオーンを手にしております」
「そ、そんな……」
しおりさんも同意した。知っていたならば、もっと早く言って欲しかった。
「ですが、手にしているだけで、使いこなしているかは別の問題です」
「と、言うと?」
「アーティファクトは意思を持っていて、主だと認めた方にしか力を貸さないというものです」
そう言えば、僕も紫電のレイピアたちアーティファクトの声を聞いてから、それぞれの力が底上げされたのだった。
「もしかしたら、イグナートは魔剣を所持しているだけかもしれないと?」
「可能性は高いでしょうね」
「な、なるほど」
もし、魔剣ドラッチェオーンを使いこなしているのならば、次期皇帝はイグナートであると、もっと積極的に周囲に宣伝しているだろう。
それが噂止まりだと言うことは、まだ完全に使いこなしていないからだろう。
もし、魔剣ドラッチェオーンが、イグナートよりも僕を認める、そうなれば僕が所有者となる。
戴冠式でそんなことが起きたら、イグナートは赤っ恥をかく、そんなレベルの騒ぎでは済まない。
(それで、僕の暗殺を急いでいたのかも……)
それも理由の一つなのかもしれない。
「すると、どこで魔剣を手に入れたのか」
これまた別の問題が出てきた。
「皇帝討ち死にのドサクサに紛れて、入手していたのではないでしょうか」
「それはあり得るかも。見せたくても、魔剣に認められていなかったから見せなかっただけで、実はもっと前から手にしていた、そういうことも考えられるのか……」
僕が考え込んでいると、魔女が話しかけてきた。
「まあ、ここで考えても何も分からぬよ。水晶玉でもあやつの頭の中までは見通せぬからのう」
「そ、そうですね」
魔剣の問題は棚上げだ。今の僕ではどうもできない。今差し迫っている問題。
それは……
「僕への暗殺。
それがどんな風に計画されているのか。何故実行できるのかを知りたいんですよ」
あの城の守護者の目をかいくぐって暗殺を実行するのだ。些細なきっかけでも良い。何らかの手掛かりが欲しいのだ。
「ああ、それは簡単じゃ」
魔女は事もなげにそう言うと、パチリと指を鳴らした。
「イグナートの近くに居た者に訊くのが早かろうぞ」
「それは、誰です?」
「こやつじゃよ」
フワリとシーツにくるまれた人の形をしたモノが、魔女の近くに寄ってきた。
「まさか……」
「暗殺者本人に訊くのじゃよ」
と、古の魔女は、実に魔女らしい、不敵な微笑みを浮かべたのだった。
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