第18話 覆面の下、素顔は……
「はあ、はあ、死んだのか」
暗殺者をこの手で殺した。
僕の命を狙い続け、母の敵でもあるかもしれないこの男を。
殺人なんて初めてのことだ。もちろん前世でもない。
殺されて当然のヤツなんだ、とは十分に理解している。
手下の狼を捨て駒として使い潰したのを見ていたから、こいつの冷酷さは相当なものなのは、疑いようもない。
(でも、思っていたよりもスッキリとはしないんだよな)
前世のモラルが絡んでいるのかは分からない。
だが、少しだけ心が軽くなったことも事実である。
「まあ、一区切りはついたかな」
気持ちを切り替えて前に進む一歩目ぐらいは踏み出せただろう。
「城の守護者ってキッチリ仕事はしていたんだな」
この暗殺者ならば、城の守護者の干渉がなければ、ベッドで寝込んでいる子供を殺すことなんて赤子の手をひねるようなものだ。
それが実行できなかったのは、城の守護者は殺意を感知できるのだ。
殺すことになんら感慨を抱かなくても、殺すための行動を抱くことは違うのだろう。
暗殺者ならば、どこをどうすれば人間を殺すことなんて、十分に理解しているはずだ。
その相手を殺そうとするプロセスに反応するのだとしたら、暗殺者は何も出来ない。殺意に反応して、城の守護者に一方的に排除されるのだ。
だが、何も知らない第三者が、僕の食べ物や触る物に、毒を仕込むのならば、その殺意を城の守護者は感知できない。
なるほど、毒殺が廃れないはずだ。
ただ、城の守護者もそんなことは十分に理解しているはずだ。どんな抜け穴があるのだろうか。その手掛かりが残っていれば良いのだが……。
「終わりましたね」
しおりさんが声を掛けてきた。ヘロヘロだった動きが少しはマシに見える。
「ああ。だけど、まだ一つだけ障害を乗り越えただけだよ」
障害。
そう暗殺者はこの男一人だけとは限らないのだ。
金で雇えるのならば、何人でも雇っているだろう。もしくは、この男が特別で、凄腕の暗殺者なんてそれほど多くはないのかもしれない。
後者であって欲しい。こんなヤツが何人もいては気の休まる暇もない。
そのことも手掛かりとして残されてはいないだろうか。それを調べなくてはならない。
死体を物色する。刑事ドラマの鑑識官がしていることで、事件解決の手掛かりを探る重要な行為である。
心情的には死体なんて触れるのも嫌なのだが、仕方ない。
「やるぞ」
大きく息を吸って暗殺者の覆面に手を掛けた。
「化けの皮をはいでやろう」
覆面を取る。その下から見覚えのある顔が現れた。
「庭師だ」
いつも庭の手入れをしている中年男性の顔だ。この男が暗殺者だったのだ。
普段何気なく庭木や花壇の手入れをしていた純朴そうな男性の正体、実は暗殺者だったのだ。
「本人? まさか、そんな」あまりにもリアルな顔。とても変装とは思えないのだ。 恐る恐る顔を触ってみる。
「あれ?」彼の顎の辺りが、ズレていることに気づいた。
落下の衝撃で、顎周りがズレているのだ。
無性に気になり、顎を触ると、ベロリと顔面が剥がれたのだ。
「え、ええ。顔がとれた……」
僕の手には、庭師の顔がある。見たくは無かったが、裏側には……。
「安心してください、とは言い切れませんね。
ですが、それは「暗殺者の顔」ではありません
……よく見てください」
しおりさんの言葉は半ば耳には届かなくて、僕は慌ててソレを地面に放り投げつけた。そして恐る恐る「素顔」を見た。
「げっ」それは、先ほどの生皮よりも衝撃的だった。学校の理科室にある、人体模型と同じ作りだったのだ。
「……変装しやすいように、顔を削ったのか」
鼻も口もない男の顔をマジマジと見つめる。
声は、戦闘前に聞かされた。顔の表面を変えれば幾らでも変装できるだろう。
ちなみに、男の指先には指紋がなかった。
「うげ」もうこんな死体には触りたくない。
先ほどの戦闘で味わった死への恐怖とは違うベクトルの感情。自分では理解できな存在へ対する負の感情が湧いてくるのだ。
だが、まだ確認しなくてはならない。
この男がウィルバーン城で、何故自由に動き回れたのか、暗殺の手掛かりをまだ持っているかもしれないのだから。
覆面の男の所持品を全て出した。小銭から紙幣、それも大金の入った財布、ピッキングでもするのだろう色々な大きさの金具。用途の分からない魔法道具と、「誰かの指先」
「あった」
城で働く人たちが持つ身元確認表だ。これで本人であることを保証している。
それが複数枚ある。先ほどの庭師の男性のものは勿論のこと、女性のものまである。
「ディアナの声も出せたのだから、他の女性にも化けられるのか」
恐ろしく手強くて誰にでも変装可能な暗殺者。今までバレなかったのには理由があったのだ。
のど元までせり上げてくる胃の中のものを、必死になって堪える。
「う、ぐ……」
「マスター、気をしっかりなさってください」
しおりさんが魔法を掛けてくれる。気分が落ち着いてきた。
「あ、ああ。ありがとう」
残る疑問。この男の手掛かりとなる武器、ククリのことが気になる。
「アーティファクトを切り裂くほどの威力。コイツが手にしていた得物もアーティファクトなのだろうか」
「いいえ。それは違うでしょう。
アーティファクトには魂が宿りますが、このククリからは感じ取れません。」
ただ、このククリは、条件付きでありますが、アーティファクトに準ずる性能を秘めている相当な業物であることは間違いないでしょう」
「無名の業物か」
城の設備を見ても判るとおり、帝国は魔法道具の製造を得意としている。
それら魔法道具を用いて、長年に及ぶ魔族との戦をしのいできたのだ。
アーティファクトを頂点とした魔法道具。
アーティファクトは誰でも手に入れられる訳では無い。
皇族以外では大貴族や裕福な貴族、豪商等が家宝として幾つか所有しているぐらいだろう。
何しろアーティファクトの製造には職人の腕だけでなく、貴重な素材もふんだんに使われているからだ。
そこで、アーティファクトよりは一段劣る素材を使った魔法道具が存在する。業物と呼ばれる魔法道具だ。
だが、それでも目が飛び出るほど高価であるし、稀少な品なので、一般にはほぼ流通していないはずだ。
「それよりも、この業物からは、禍々しい何かを感じます。要注意ですね」
このククリからは、禍々しい何かを感じ取ることはありますが、それは魂とは違いますね」
一つ問題が解決したと思ったら、違う問題が湧いてきた。
「うーん」僕が思案していると、
「マスター、相談できる方が来られましたよ?」
しおりさんの言葉で我に返ると、あまたを上げる。
いつの間にか、僕たちの直ぐ目の前に老婆がたたずんでいたのだ。
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