第16話 暗殺者現る
「お兄様、助けて」ディアナの悲痛な叫び声。思わず足が止まる。
「まさか、こんな所に……」一瞬振り返る。
「居るわけないよなあ」男の声が背後から聞こえた。
緑がかったフード付きのマントをまとった覆面の男。
そいつは鋭いナイフのような武器を構えて、僕の直ぐそばにいるのだ。
「くっ!」振り向きざまにレイピアで突こうとする。が、脇腹に激痛。突きが甘くなる。
男は流れるような動きで、僕の攻撃を躱し、左側に回り込む。
僕の眼前には血のように赤い刃、それが左側の頸動脈を狙っている!
その武器は駄目だ! それで斬られるのは危険だと直感が告げる。
だが、回避は間に合わない。
男と一瞬目が合う。ニタリと嫌らしい眼差しだ。勝利を確信しているに違いない。
男は握りしめたナイフを、僕の頸動脈を狙って振り下ろす。
「やられた」
斬られる。そう思った瞬間。
「……させません」
マントが一瞬だけ輝き、陽炎のように空間が揺らぐ。
「外した? 馬鹿な」男の驚く声。目測を誤ったのだろう。
僕の頸動脈を狙ったであろう一撃は逸れ、肩口に向かう。
ザシュッ。
切り裂く音が聞こえる。と同時に激痛が襲う。
まるで焼け焦げた鉄を押しつけられたような鋭い痛み。
「こ、このっ」僕は痛みを食いしばり、再びレイピアの刺突。男の胸元を狙う。
「ちいっ」男は身体を捻り、レイピアの一撃から逃れた。この至近距離からまたもや逃れた。
「こいつが……」
僕の命を狙う暗殺者で間違いないだろう。
慎重に間合いを取る男を睨みつける。
目元だけ見える覆面。フード付きのマントを身にまとい、革鎧を装備している。雰囲気は暗殺者というよりも忍者に近いものがある。
「ぐ」僕は痛みをこらえながら、傷の状態を確認する。
僧帽筋を切り裂き、鎖骨まで達しているようだ。
かろうじて動かせた左腕は、ほとんど力が入らない。
「ぐ。こいつのナイフは、まさか……」
あの巨大狼の犬歯に耐えたアーティファクトが切り裂かれているとは……。
「あの男の武器はアーティファクトなのか?」
アーティファクトなんて、高価な逸品は、誰でも手に入れられる代物ではない。大貴族や大金持ちが家宝として取り扱うような品である。
ただの暗殺者ふぜいが手に入れらるとは思えない。いや、違う。
アーティファクトさえ手に入れらるほどの暗殺者ということだ。
「イグナートのヤツ、とんでもないのを雇いやがった」
「しおりさんに回復を頼みたいが……」
あの狼の魔獣が奮戦している。手下を使い捨てにしてまで、しおりさんを僕の所まで行かせないように邪魔している。まだしばらく応援は期待できない。傷が回復し、二対一ならば、勝機はあるだろう。
「何とかしてみせる」
思い返せばこの森に入ってから、しおりさんに頼りっぱなしだ
(情けない貧弱マスターの汚名を返上しなきゃな)
そう、強がりを言う。実際は絶体絶命の状況だ。だが、強がりでも言っていないと心が折れそうなのだ。
「こんな所でこんなヤツに負けていられるか」
覆面の男は執拗に僕の弱点を狙う。左肩、右太もも、左手首。どれも切り裂かれれば一発で出血死してしまう箇所だ。
だが、初手の、あの強烈な一撃ほどの威力はない。斬られるが、致命の一撃にまでは及んでいない。
あの一撃が特別だったのだろう。事前の準備が必要なのかもしれない。
それと、
防御結界を再起動させたのが間に合ってきたのも大きいだろう。砕けた結界が再び展開されている。
魔力だけはまだ余っているのだ。しおりさんによる結界の追加がなくても、マントも防御結界を展開できるのだ。流石はアーティファクトだ、と言いたいところだ が……。
楽観できる状態ではない。
僕の心臓が悲鳴を上げている。動きが鈍りだした。
それでも手を出す。出さないといけない。
レイピアで、相手が狙う急所への一撃を防ぎ、カウンターを試みる。
レイピアから繰り出される一撃は、一抱えほどある大木を切り裂き、ビヤ樽ほどある岩石を穿つ。
だが当たらない。スタミナ切れ間近で動きが鈍くなっている上、右太ももの怪我が響いている。男の素早い動きに翻弄される。
「はあ、はあ」受けに回ってはいけない。攻め続けるうちに、しおりさんの援護が来る。 それまでは何としてでも時間を稼ぐのだ。今、身体を動かしているのは気力だけだ。
「それに……」
もし、覆面の男に時間を与えたら、最初に放たれた一撃が繰り出されるだろう。そうなればもうお手上げだ。
「往生際の悪い小僧め」
覆面の男は、僕から一旦距離を取る。胸元から取り出した銀色の道具。ハーモニカだろうか。それを器用に演奏する。
暗殺者には似つかわしくない美しい旋律。それが徐々に聞こえなくなり、耳では聞き取れない音色に変わる。
演奏している今がチャンスだ。大きく息を吸い、魔力を練る。
「あの攻撃をっ」
レイピアに魔力を注ごうとする。ガクンと後ろに引っ張られる。
何事かと振り返ると、赤い毛の狼だ。
「しおりさん」
しおりさんは動かない。
「まさか」心臓が先ほどとは違う音を鳴らす。今すぐ駆け寄って安否を確認したい。
だが、目の前のこの男を倒さなくてはならない。
男の準備は終わっていたようだ。
手に握るナイフの刀身は赤黒く輝いている。強力な魔力が漲っているのが分かる。
「手間かけさせやがって」
覆面の男は一気に間合いを詰めてきた。
僕は迎撃の態勢を取る。
だが、レイピアに込めた魔力は不十分。攻撃力はあの一撃より低いことは否めない。
「それでも!」
覆面の男の赤い刃が迫り来る。
僕は紫電の光をまとったレイピアで迎え撃つ。
赤黒い刃とレイピアに切っ先が衝突する。
赤い閃光と薄紫の閃光が衝突する。
お互いの威力は拮抗している。が、ジリジリとレイピアが上回り始めた。
「いける!」勝利を確信した時、何者かに、後ろに引っ張られる。
「な」
先ほど倒したはずの、巨大狼が首だけで動いて、僕の左足に食らいついている。
「こいつ、なんて執念深い」
体勢が崩れる。その間に、男が握りしめるナイフは、僕の首に……
当たる。そう思った瞬間に、緑色の何かが視界に入ってきた。
「マスター、危ない」
しおりさんが僕と男の間に割って入ってきたのだ。
男のナイフは、しおりさんによって弾かれる。
「マスターから離れなさい!」
しおりさんの声。同時にカマイタチが男を襲う。
「この古本が、邪魔しやがって」
男の悔しそうな捨て台詞。
男は再び僕との距離を取った。
「ち、流石は皇太子サマ。いい魔法道具を持っていやがる」
「お褒めにあずかり光栄です。ですが、
魔法道具などではありません。
アーティファクトなのですよ」
としおりさん。
しおりさんの援護がどうやら間に合ったようだ。
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