第15話 群れのリーダー現る
狼たちとの戦いが続く。
しおりさんは魔法を使い、狼の追撃の邪魔に徹してくれている。そのため挟み撃ちにされず、僕は一騎打ちに徹している。
武具の性能のお陰でかなり優位に戦っている。
既に十頭を仕留めた。残りは五頭だ。だが……。
「コイツら、まだ戦う気か……」
半数近くも仲間を斃されても士気が下がらない。普通は敵わないと見た相手には逃げるだろうに。
魔物とはこれ程までに好戦的なのだろうか。
何だかおかしいぞ……。
「はあ、はあっ」息が荒い。鼓動が早まる。拙い。
相当体力を消耗してしまった。このままでは動けなくなってしまう。
「加勢します」しおりさんが攻撃に加わる。
襲い来る三頭のうち、二頭は風の魔法で切り刻まれたが、残り一頭は撃ち漏らした。
「このっ」僕たちに襲いかかる一頭を倒した。
「はあっ、はあっ、はあっ……」
喋る気力もない。その場に座り込んでしまった。
生き残りは二頭。こちらを伺っているようで、動きが鈍くなってきた。
流石に諦めたか……。
「回復します」攻撃が止んだその間に、しおりさんは治癒魔法を使う。
粗い吐息が随分とマシになる。動悸も収まってきた。
狼たちは威嚇のうなり声を上げ続けている。
「新手を確認。更に十頭です」
遠吠えが木霊する。まだ戦うつもりだ。
「まだ来るのか」なんてしつこいんだ。
「その内二頭はかなり大きな個体です」
「そいつらのうち、どちらかがボスか……」
今の狼たちは、本体が来るまでの足止めをしていたようだ。狼はそんなに賢いのか。
「どれくらいで来ると思う?」
「狼たちの今の速度ならば、十五分程度かかるでしょう」
「魔女の館まで逃げ切れると思う?」
「いいえ。足はあちらの方が速いですから。途中で追いつかれるでしょう」
「ならば迎撃するしかないか」
逃走に失敗して、スタミナ切れを起こすほうがよほど拙い。
「来ましたね」
しおりさんのこわばった声。
見ると、群れの中に一際大きな狼がいる。その狼より一回り小さい狼が、寄り添うようにいる。つがいみたいだ。巨大狼は悠然と構えている。
巨大狼。こいつが群れのボスだろう。純白の体毛の背骨の周囲は銀色。金色の瞳。真っ赤な舌を覗かせている。
「あいつ……」
雰囲気は別物だ。物の怪の姫が一緒に出てきそうである。
「あの二頭。あれはもう魔物ではなくて、魔獣ですね」
「魔獣って確か……」
「魔物が魔力を体内にため込み、進化した個体です。身体能力の向上と魔法が使えることが特徴です」
「魔法も使えるのか」
「はい。さらに、
あの牙は要注意です。強力な魔力を感じます」
見るからに鋭そうな犬歯。確かに何か強い力を感じる。
「それじゃ魔法道具みたいなものかい?」
「そう考えて差し支えないでしょう」
「相当手強そうだ」
もう一頭は、雪のような純白の体毛、背中の毛は赤色である。
巨大狼が雄叫びをあげる。そいつが吠えると他の狼たちも一斉に吠え始める。
「来ます」
「先手必勝です」
しおりさんは風の魔法を発動させた。群れのど真ん中で炸裂。
強烈なカマイタチ。
小さな竜巻が狼たちを襲う。逃げ損ねた狼、六頭が空高く跳ね上げられた。
赤い毛の狼は、さほどダメージを受けたようには見えなかったが、進むのを躊躇している。
だが、巨大狼は平然と突撃してきた。
「流石は魔獣。魔法耐性がかなり高いですね。わたしとは相性の悪い相手です」
「ならば、あのデカいヤツの相手は僕がしよう。しおりさんは赤い方を」
「了解しました」
狼の群れは二手に分かれた。
統率された軍隊みたいに動きは機敏である。先ほどの魔法攻撃に対しても恐れを抱いていないようだ。
右側が巨大狼、左側が赤毛の狼だ。
「二手に分かれた。さっき言った通り、僕は右側を相手する。しおりさんは左側を頼む」
「了解しました」
僕を標的にした狼たち。
群れのリーダーである巨大狼と、手下狼が七頭。
先ずは手下狼が突っ込んできた。今度はしおりさんのサポート無しの戦いだ。
手下の攻撃力が大したことはない、と判っているが、巨大狼の攻撃力は未知数である。全く油断はできない。
一斉に飛びかかる手下狼。
僕は眼前の相手を丁寧に、確実に仕留める。三頭を仕留めた。だが逃れた狼が僕の視界を遮る。
「くそ。邪魔だ」
残りが僕の肩と両足に噛みつく。結界でダメージは無いが、それでも重さまでは打ち消せない。
「ええい」
肩口にのし掛かる狼をレイピアで切り払う。だが……。
視界が晴れた、目の前には巨大狼の鋭い牙が見える。
「あ」
両足に食いつく狼が邪魔で逃げられない。
ガッッ! 狼にかじりつかれる。胸から下、太ももまでがすっぽりと巨大狼の口中に収まってしまった。
「ぐ」
まだ結界は有効で、ダメージはない。だが、次第にきしむ音が聞こえる。
左の脇腹と、右の太ももに、何かが当たる感触。上下の牙と牙が当たり、両腕が動かせない。
このままでは! 何もしなければ、食い殺されるのは間違いない。
結界を牙が貫く。
左の脇腹に激痛。
マントの形状が、及ばない箇所はただの上着だ。
それなりに上等な加護が付与されてあると思われるが、アーティファクトに比べれば布きれに等しい。
「こんな。こんなあっけなく……」
皇帝になって妹と弟を救う前に、狼の晩飯になってしまうのか!
死んでたまるものか! そんなこと認めてなるものか。
「……スター。力を……。魔力……。ください」
誰かの声が聞こえる。
「魔力? ああ。いいぞ」
ガクッと、何かが吸い取られるような感触。魔力を吸い取っているようだ。
急に吸い取られたので気分が悪くなるが、そんなこと気にしていられない。
体力に比べればまだまだ余裕がある。
「幾らでも持っていけぇ」
ふと見ると、右手に握りしめたレイピアの刀身が薄紫の光を放っていた。
「……ぞ。……使って」
「あ、ああ。判った」
動きを封じられ、満足に動かせるのは手首ぐらいだ。
だが、軽く捻っただけなのに、狼の牙をバターみたいにあっさりと切れるのだ。
これで右手は自由になった。攻撃を続ける。
光る刀身が犬歯とぶつかる。徐々に犬歯を切断していく。
「!」驚いた巨大狼が、思わず僕を吐き出す。
驚愕する巨大狼と僕は目が合う。
戸惑う巨大狼の、鼻っ面を蹴り飛ばす。横っ跳び。
首元が丸見えだ。
「お返しだっ」
稲妻のような鋭い一撃。巨大狼の首を事もなげに切り裂く。
巨大狼の首を刎ねたのだ。
そのまま地面に転がり落ちる。生き残った狼は、リーダーの唐突な死に驚き戸惑っている。その隙にレイピアでなぎ払う。
「はあ、はあ、どうにか勝てた」
左の脇腹に負傷。上着がべっとりと血に染まっている。ハンカチで止血。
左腕を動かそうとすると鋭い痛み。肋骨は……折れているかもしれない。
砕けてはいないはずだ。
「危なかった。あのまま口の中にいたら……」結界は食いちぎられ僕は死んでいただろう。
背中に冷たいものが流れる。
「そうだ。しおりさんは……」
彼女の相手は魔法が効きづらいようだ。早く加勢しなくては……。
しおりさんを見つける。彼女は魔法の効果が薄い魔物に善戦している。
「さすがしおりさんだな」ホッとする。「よし、僕も手助けを……」
「助けてお兄様」少女の悲痛な叫び声。
「この声は、まさかディアナ」妹の叫び声だ。
「何故? そんなはずは……」
僕は足を止めて、周囲を伺った……。
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