第14話 追跡者

「さてと」

 しおりさんに、僕の身体の現状を教えてもらった。それは希望を持てる内容だった。


 魔女の館の道のりはまだ半ば。気を引き締めるために、僕は現在所有しているアーティファクトの再確認をすることにした。


 マント、レイピア、ロープ、ブーツの四点である。


 既にマントとブーツは使っている。森の中を動き回れるのはこれらのアーティファクトのお陰である。

 今のところレイピアとロープの出番はない。


 レイピアは武術の授業で、構えと動きを教えてもらっている。サボり気味だった剣術の中ではまだ見られる部類である。不格好だと思うが、それなりには戦えるだろう。

 次は、ロープだ。アウトドアを想定して持って来たが、何処で使うことになるだろう。

 山登りで使い道はあるが、この森ではどこで使うかのか……。邪魔な木々は魔法でどうにかなるだろうから、それ以外のこと。

(足を踏み外して沢に落ちるとき、とか?)


 万が一に対してどの程度使えるかの確認。

「おお」引っ張ると伸びる伸びる。束ねているとはいえ、長さは十メートルもないはずなのに、優に二十メートルは伸びた。まだまだ伸びそうだ。

 しかも、手応えはしっかりしている。車に使われている金属のホースみたいである。

 頑丈なのに柔らかいとはどういうことだ。やっぱりアーティファクトを名乗るだけのことはあるようだ。



休憩をしていると、冷たいものが首筋に落ちてきた。

「雨か」 

 頭上はすっかり黒雲に覆われている。本降りになるのは時間の問題だろう。

「もしかしたら、魔女の館にたどり着けないかも……」


「これ以上はいけませんね。マスターお待ちを……」

 しおりさんが光ると、羽織っていたコートが光る。


「ん? 雨が止んだぞ」

「結界を強化しました。これで雨に濡れることはありません」

 結界に包まれていると、雨だけでなくて冷気も遮断した。

「そりゃ便利だ。でも、何故始めからしてくれなかったの?」

「追跡者対策です。これは魔法を常に展開しているのと同様、魔力を感知されてしまいますから……」


 つまり隠密行動時が今終わったということである。


「そうか。バレるのは不味いよな。だけど……」

 このままずぶ濡れになって、風邪をこじらせるのも不味い。森の中で倒れ込むのも勘弁してもらいたい。

「追っ手がいないことを願うしかないな」

 秘密の出口から城から出たのだ。あんな仕掛けは誰にも判らないはずだ。簡単には追跡できないだろうが……。

「嫌な流れになってきたなあ」

「はい。わたしも警戒段階を上げます」

「そうだね」



 「今はどの辺りなのだろう?」

「今までの道のりから述べると、四分の一と言ったところでしょう」

 このペースで進めば一時間もかからずに到着するだろう。

「もう一息だな。これならどうにかなりそうだ」

ホッと安堵のため息が漏れた。どうやら魔女の館までたどり着けそうだ。


 だが、先導するしおりさんは不意に立ち止まると、彼女の発する光を点滅させた。

「こちらに急速に向かってくる存在を発見。

 気を緩めてはいけません」

 と、しおりさんは警告する。心なしか声色が低くなっている。


「なにか起きたのかい?」

「どうやら見つかったみたいです。頭上をみてください」

「頭上?」

 見上げると鳥らしき影が複数見える。


「フクロウか何かじゃないのかい?」

 森の中なのだ。夜行性の動物ぐらい異世界にも存在するだろう。

「こんな土砂降りの夜にですか?」

言われてみればその通りだ。僕たちの頭上を旋回するフクロウらしき鳥。だけど、こんな土砂降りじゃ、獲物なんているのだろうか?

「仕方ない。先を急ごう」


 魔女の館まであと一時間。相手がどんなヤツなのか判らなければ対処出来ない。

 まだフクロウに見つかっただけだ。逃げ切れるかもしれない。



「こちらに向かって、移動する獣の存在を確認。

 距離三百メートルまで接近。獣の方が足が速い。追いつかれたようです。

 マスター、迎撃の用意を!」

「くそ、ここまで来たのに」


 僕はレイピアを抜く。

 剣の授業で木刀を使った模擬戦はあるが、本物の刃物を手にしたことは初めてだ。


 闇に浮かぶ、獣たちの双眸が金色に輝いている。いつの間にか包囲されてしまったようだ。

「くそっ」

 囲みが薄い方へ駆け出すと、頭上から何かが襲いかかる。

 あのフクロウだ。鋭いかぎ爪で執拗に責め立てくる。

 しおりさんの結界が全て防いでくれているが、フクロウの身体が邪魔をして視界が狭まる。

 どうにか追い払う。


 ワオォーン。狼の鳴き声が更に近く聞こえる。

「結構近いかも」

「そうですね。どうやらわたしたちを狙っているようです。

 狼の今の速度ならば、十分で追いつかれてしまいます」

「……戦いになるのか」


 野犬でも纏まった数で襲われたら、人間なんてひとたまりもない。まして相手は狼なのだ。凶暴さは段違いだろう。

「マスターご安心を。マスターが身につけているのはアーティファクトです。例え魔物化した狼であっても、ただのの牙なぞ物の数ではありません」

 と頼もしい言葉。

「あ、ああ。よろしく頼むよ」


 追いつかれるのは間違いない。なら、出来るだけ有利な場所で戦いたい。

 見通しの良い、少し開けた場所で迎え撃つことにした。

「わたしも魔法で援護します。心配無用です」

「よし。やるか」

 僕は意を決して、レイピアの柄に手を添えた。



 続々と集まる狼たち。囲みを形成し始める。先頭の狼たちが、鋭い牙を見せて僕たちを威嚇する。

 狼の大きさは二メートル以上はある。動物園で見た虎と程度だろうか。

 大型犬ぐらいの大きさを思い浮かべていたのだが、更に二回りは大きい。

「異世界の狼ってこんなに大きいものなのか……」

 そう言えば、しおりさんは魔物化したとか言っていたな。コイツらが魔物なのだろう。

 そんな狼がざっと見て十五頭いる。


「思っていたよりも大きいぞ」

「マスター。落ち着いてください」

「あ、ああ」

「マスターならば、十分に勝てます」

 としおりさんは励ましてくれる。その後、魔法をかけてくれた。

「これは」

「追加の防御結界です。念を入れました。

 マスターは、このような場所で終わってはいけない方ですからね」

「ありがとう」

 そうとも。こんな所で負けてなるものか。


 一番近い狼が飛びかかってきた。凄い迫力だ。それでも怯んではいけない。奥歯を噛みしめる。

「くらえ」

 行く手を塞ぐ狼に、冷静にレイピアを突き立てた。鋭い切っ先は狼の頭蓋骨を容易く貫いた。


 一撃で事切れる狼。凄い切れ味である。


「これは……!」

 攻撃を仕掛けた僕も驚く。何となく手に入れた武器だが、流石は秘蔵のアーティファクトである。

 これならば勝てる。

 深呼吸を一つ。僕は次の相手を探す。

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