第13話 僕の身体、今は……

 帝都からさほど離れていない深い緑に覆われた広大な森「深く暗き森」に、古の魔女エレオノーラは住んでいる。


 初代皇帝の立志伝や、魔族を追い払った英雄譚など、物語の中に登場するほど高名な魔女なのだが、今は誰も彼女の姿を見た者はいない。

 既に亡くなったと思われているのだろう。


 深き暗き森に入ろうとする者は、今はほとんどいない。狩人さえ滅多に近寄らない。

 恐らく魔女が何らかの魔法をかけていると思われる。

 こちらとしては好都合である。


そんな狩人ぐらいしか通らないであろう旧街道は全く手入れがされていない。

 獣道と大差ない道は大変歩きづらくて、無いよりはマシなレベルである。

そんな道を、しおりさんの先導で僕は歩いている。


 城を出て二時間が経過した。足取りは軽い、とは言い切れない。

 羽のように軽かったブーツも、今は鉄板を仕込んでいる安全靴よりも重い。


「はあ、はあ」かなりバテてきた。こんなに歩くなんて、この身体では、初めてのことだろう。小休止は二度とった。だが


前世の記憶にある体力と、現世の体力との差は大き過ぎた。


 ここ数年、病気をしがちだったため、体力が相当落ちている。思い通りに身体が動かないのが、酷くもどかしい。

「ペース配分を間違えたな……」

 また息が上がってきた。ひ弱な身体が恨めしい。

 しおりさんが回復魔法をかけてくれてコレである。


 回復魔法を使っても、体力の最大値は変わらない。ゲームで言えば、幾ら百回復する魔法を使っても、基本値が三十しかなければ、三十で満タンである。

 しかもスタミナゲージは別項目で、回復魔法ではさほど回復しない。こまめに休憩を取るしか方法が無いのだ。


 とある有名サッカーマンガに登場する少年みたいに、僕は心臓に疾患を抱えている。

 おかげで全力で動ける時間はとても短い。先ほど言った少年は、サッカーの練習を真摯に取り込み三十分ほど動けるが、僕はせいぜい十分くらいだろう。

 もしかしたらもっと短いかもしれない。


「マスター、お疲れの様子。休憩を取りましょう」

「もう二回とったよ。時間が足りない」

 後二時間もすれば夜明けになる。城に僕が居ないとバレれば、それは大問題になってしまうからだ。暗殺者は城の中を探し回り、居なければ近辺を探すだろう。

 城の守護者の結界の外だと判れば、暗殺者は小躍りして僕を探すのは間違いない。幾らしおりさんが凄いとは言っても僕を守りながら戦うのはどうなるのだろうか。


 そんな迷いを断ち切るために、両の太ももを叩いてカツを入れる。

 もしかしたら……。

 その時が来てしまう前に、少しでも距離を稼がなくてはならないのだ。


「それでも休憩すべきです。今無理をすれば動けなくなるのは目に見えています。

 マスターの体力が回復してから、魔女の館に行きましょう」

 しおりさんの正論が耳が痛くなる。確かにこの足ではさほど先には進めないだろう。

「……むむ。判ったよ」

 ここまで来て、焦って倒れるよりはマシだろう。しおりさんの提言通り小休止することにした。


 適当な切り株に腰掛けた。自分が思っていた以上に疲れていたようで、ふくらはぎが小刻みに痙攣している。

 こむら返りになりそうだ。城から適当に持ち出したビスケットを頬張り、ただの水をカブ飲みする。

 少し気分が落ち着いてきた。


 その間、しおりさんに回復魔法をかけて貰っている。

 既に4回経験しているが、これがよく効く。

 スタミナは回復しないが、むくんだ足や筋肉痛が見る間に治っていくのだ。ブルーレイの早回しを見ている気分になる。


 だけど、それでも治せないものがあるというジレンマに襲われる。

「僕の身体、いつまで保つのかな」ポツリと呟く。

「マスターの体力回復には後十五分ほどかかるでしょうか」

「いや、そうじゃなくて。この貧弱な身体。寿命だよ」

「身体の頑強さのことですか。ふむ」しおりさんが少し思案する。


「マスターの身体は、わたしたちアーティファクトが総力をもってお支えしています。

 今現在は、病に冒された部位の治療を最優先にしています」


 治療? 

 そうかあのペンダントを首にかけた時、身体が軽くなったのは気のせいではなかったのだ。流石は母の形見だ。


「それでも日にちは相当かかります。容態が容態だったので……」

「……まあ、そうだね」

 昨日まで寝たり起きたりの生活だったのだ。それがほんの一日で森の中をどうにか歩けるほどに回復したのだ。これは奇跡みたいなものだ。


(いや、奇跡だな)

「ありがとう、しおりさん」

奇跡を呼び込んでくれた相棒に礼を述べる。


「どういたしまして。それがわたしの役目ですから……。

 それと、これまでマスターの身体を診ていた医師にも感謝してあげてください。その人がなければ、マスターは既に女神様の元に招かれていますよ?」

「ああ。あの先生にも感謝だな」あの老医師にも心の中で礼を述べた。


「ただ……」しおりさんが言いよどむ。

「マスターもご存じの通り、マスターの身体は、生まれつき心臓が悪いのです。これはわたしたちでも治せません。

 現状の負傷、破損された部位は回復可能ですが、生まれつきの形状を作り直すことはできませんから」


 つまり、切り傷や火傷など後天的な傷は治せるが、生まれついての形状、先天的な病気は治せないという。

 治癒魔法を使うには、本人のDNAでも読み取っているのかもしれない。


「じゃあ、心臓移植は」

「拒絶反応があります。マスター専用の人工心臓を作れるほどの魔道具師が果たしているのかどうか……。現状では不確定要素が強く判断できません」


「それでは、錬金術師が作るという複製は?」

「あれは外道の道ですよ? 闇の女神様を信仰する者たち全てを敵に回してしまいます」

 やはり、本物の女神様がいる世界では、クローン技術は禁断の技術らしい。



 直ぐに身体が良くなるという夢みたいな出来事はないみたいだ。だけど、病に冒さる前の状態にまでは、時間がかかるが治るみたいだ。

(それこそ夢みたいだよな)


ただ、心臓は完治しない。そのことを再確認した。それでも、

(二十歳まで生きられないと覚悟していたが、それなりには生きられるみたいだな)

 心が相当軽くなった。追っ手に追われているかもしれない状況でなければ大声で叫びたいほどだ。


 しおりさんを見つけてから、事態が良い方へ回り出したみたいだ。

 運命分岐点。グッドエンドに繋がっていく選択肢を選び取ったみたいである。


 後は魔女と出会うこと。ひょっとしたら、ひょっとするかもしれない。

 そんな淡い希望が生まれたのだった。

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