第12話 希望への切符は片道分
ウィルバーン城。宝物殿を出てまた違う廊下を進む。今度も行き止まりで、何の変哲もない石壁に見えた。だがしおりさんが明滅すると扉が浮かび上がった。
「さあマスター入りましょう」
「あ、ああ」
通路内は真っ暗だ。しおりさんの先導で入る。
「わあ、一メートル先さえ見えないぞ」
僕たちが入り終えると、入り口は静かに閉まった。完全な暗闇となった。
「暫しお待ちを」
しおりさんが明滅する。それに反応して周囲が淡い光を放つ。
「凄い。天井だけでなく、壁や床まで光っている」
「向こう側に転送陣があります。そこから秘密の出口まで転移できますよ」
「そうか。そんな仕掛けがあったのか」
このウィルバーン城は馬鹿でかい。日本の皇居よりも大きいだろう。
もっとも本来の江戸城の大きさ、曲輪まで会わせればそちらの方が広いのだけれど……。
まあ徒歩で歩き回る広さではないのは確かである。
転送陣の上に乗る。エレベーターに乗るような不思議な感覚。
違う部屋に出た。その部屋は城の雰囲気とは一変していた。苔むした岩壁、粗っぽく削り出されただけの廊下。仕上げがぞんざいだ。
歩きにくい上にやたら長い廊下を歩くと、上に続く階段が見えた。
「出口だ」外からの灯りが漏れてきた。
外に出た。僕は空を見上げる。雲が月を覆っていて薄暗い夜だ。
先ほど出てきた出口を振り返ると作りかけの祠だった。
出入り口は、ぱっと見では判らない。
「なるほど、カモフラージュか」
これなら簡単にはばれないだろう。
「さて、これからなんだけど。しおりさん魔女の館の方角は分かるかい?」
「おおよその場所は判ります。更なる詳細な情報を習得しますので、少々お待ちください」
「ああ。頼りにしているよ」
夜の森を何の手掛かりもなく歩き回るのは危険である。簡単に遭難してしまうだろう。
「それにしても……」僕は再び夜空を見上げた。
月が照らしてくれていれば、幾分は気が晴れるだろうに……。
しかも西の空には黒雲。
一雨来そうだ。これから先を暗示しているようで心許ない。
魔女の館にたどり着くにも一苦労だが、帰路も問題である。
僕が居ないとイグナートにバレれば追っ手を送ってくるのは目に見えている。
森では、城の守護者の結界が届かない。あっさりと殺される可能性も大いにある。だが行くしかないのだ……。
古の魔女エレオノーラの説得に失敗すれば城には戻れず、一巻の終わりである。
片道切符を片手に、銀河の彼方に向かう列車に乗車する気分である。
あの少年は、機械の身体を手に入れることを欲したが、最後はどうっだったっけ。
故郷には戻らぬ覚悟を決めた少年。その冒頭の場面をふいに思い出した。
「月でも出ていれば、女神様にお願いするのに……」
この世界には二柱の女神が実在する。
光の女神ルダーナと闇の女神ミディーヌだ。
二柱はコインの裏表みたいな関係だ。相反する属性だが、対立と融和の両面を持つ。どちらが善で、どちらが悪とは、単純には言えない。
ウィルバーン帝国などの北方の国々は闇の女神ミディーヌを信仰している。
夜と死、安らぎと再生を司る女神である。
だから、帝国では満月は神聖な意味合いを持っているのだ。
前世では大した信仰心は持っていなかったが、苦しいときの神頼みである。
湿気を含んだ夜風が冷たい。コートのアーティファクトは機能の大方を止めておいた。使っているのがバレる恐れがあるかもしれないからだ。
「うう。寒い」
「マスターお待ちを……。はい」
魔法の輝き。身体が軽くなるのを感じた。
「マスターが身につけているアーティファクトも使っていいですよ?」
「え、でもしおりさん。魔法を使っては拙いんじゃないか?」
こんな秘密の出口がバレるとは考えにくいが、念には念を入れたい。
凄腕の魔法使いたちは、相手の魔力を認識できるという。もし、相手がそんな技能をもっていたら、相当拙い。
「今、わたしの張っている結界は、隠密行動用に切り替えています。
つまり、敵の探知能力を削ぐ効果があるのです」と誇らしげに言う。
「それに加え、
わたしには、魔力探知能力を搭載しています。これは半径二十キロまでの小動物の動きを察知できます。
更に、魔力放出を制御する機能がついています。隠密行動時における、放出される魔力量は、昆虫と同程度です」
第五世代戦闘機の説明文のようだ。最新鋭ステルス戦闘機の、レーダー反射断面積に匹敵するのかもしれない。
魔法、結界、索敵能力に加え、僕も知らない城の秘密を幾つも知っている。
知識の書というのは伊達では無いようだ。
「しおりさんは、かなり凄い?」
「当然です」しおりさんの放つ光が一段と明るくなった。相当喜んでいるようだ。
なるほど。しおりさんは喪服を着た美女担当か。
そんなこを考えていると、身につけたアーティファクトたちもホンノリと光る。
「ああ、君たちもいるんだったよな。
……そうか。僕は一人ではないんだった」
共に戦う相棒たちがいて、助けたい家族がいて、変えたい未来がある。
希望の切符を片手に出発する。
やっと反撃のチャンスを手に入れたのだ。これを逃してはならない。
伸るか反るか、出たとこ勝負の大ばくち。打ってやろうじゃないか。
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