第10話 お喋りな相棒。

 僕は中に浮かぶ不思議な本をまじまじと見やる。

 先ほどまではくたびれた古本にしか見えなかったのだが、今は表紙全体が艶のある光沢に覆われている。鮮やかな緑の表皮は高級感を醸し出している。

 金文字のタイトルが読み取れる。

 ウィルバーン帝国の古い言葉で「知識の書」と。


「へえ、凄く綺麗な本だ。さっきとは別物だねえ」と素直感想を述べると、

「そ、そんなことを言っても誤魔化されませんからね」

 と本は何処となく照れているような、わざと怒っているみたいに言った。

 だけど、何となく輝きが増したように見える。満更でもなさそうだ。


「えっと、君は知識の書と言うのか」

「はい。わたしは、貴方の母君より貴方に託されたもの。

 知識のアーティファクトです」

「ほう?」目の前に浮かぶ本が、ただの本ではないことは分かる。


 魔法道具から連想させる、AI登載のロボットというよりも、遙かに人間くさい感情があるように見える。


「アーティファクトとは、自らの意思を持った最上級の魔法道具にのみ与えられる呼称なのです」と、どこか誇らしげに彼女?言う。

「わたしは、この世界の様々な情報が登録されております。それらの情報を用いて、貴方の補佐をすることが主な使命です」


 情報は、現代において必須である。二千五百年前の古代中国に存在した、天才軍師である孫子の言葉にも、

 敵を知り己を知れば百戦して殆からずというものがあるほどだ。


「それは有り難いな。他には何ができるんだい?」

「中程度の治癒魔法と防御結界の使用が出来ます」

「魔法も使えるの? へえ、一言で言えば、キミはものすごく便利な本ということかい?」

「ザックリと言えばその通りですが、少々不本意であります」

「むむ」本にダメ出しされてしまった。


「貴方の人生という旅路の導き手、誘う存在。貴方の足跡を記録するアーティファクトである。そう申しましょうか」

 彼女?は澄ました声でそうのたまう。

 この本はかなりお喋りみたいだ。何だかうんちく好きなお姉さんみたいだな。


 知識の書では堅苦しいし言いにくい。何か別の言葉はないだろうか……。

「僕の人生という旅路の導き手かあ……」


 旅の導き手、パンフレット、旅行雑誌では味気ない。洒落た言い回しは無いかな?

「旅の足跡、残す、ならば挟むもの……。

 リボン、栞ひも。旅の栞ひも。

 栞……日本名ならしおりさん。うん、しおりさんだな」


「しおりさん。聞き覚えのない言葉ですね。どういう意味でしょう?」

「遠い異国の名前さ。キミにふさわしいニックネームだよ。親近感が出て良いだろう」

 このお喋りなアーティファクトとは長い付き合いになるような気がする。ニックネームの一つくらい欲しいだろう。

 それと、冗談の一つでも言える相手がいないと、気が滅入ってしょうがないからだ。


「わたしの中にも登録されていない言葉。ですが良い響きです。

 了解しました。マスターのお好きな呼び方で」

 貴方からマスターに格が上がったみたいだ。結構気に入ったみたいだな。

「よろしく頼むよ、しおりさん」

「お任せをばマスター」

 お喋りな相棒が出来た。この重苦しい現状を、少しは和らいでくれそうだ。


「さて、しおりさん。今の僕の現状をどう見る?」

「残念ながら悪いですね」

「ははっ、ハッキリ言うなあ」

 まあ、その通りなので腹も立たない。むしろおべっかなんて言われるよりも数段良い。


「ではマスター。これからの行動はどうのように?」

「そうだね……」

 帝都近辺には、味方がいない。

 だが、聖女に味方した人物はいる。

 帝国の裏切り者なのだが、ディアナは味方も引くほどの悪役女帝だったのだ。

 味方に裏切られても仕方ないほどの。


 その「裏切り者」の中で、一人、会って話してみたい人物がいる。


 乙女ゲーでは、土地勘のない帝国領で、困っている聖女を助けた人物たちがいた。

 聖女のピンチにさり気なく登場するモブキャラたちは、それぞれ重要な役割を担っていたのである。


 そんなモブキャラの一人は、魔法の腕輪を所持していた。

 魔女エレオノーラ。帝国の創生期から生きている古の魔女である。

 その魔女が、聖女に最高級のアーティファクトを与えたのである。


 蒼穹のペンダント。

 非常に高い精神防御を誇るアーティファクトだ。


 そのペンダントのお陰で、女帝ディアナが所有する暗示の秘宝の力を打ち破ったのだ。



「魔女だ。古の魔女エレオノーラに会って相談してみたいんだ」

悪役女帝となり、圧政を敷いたディアナとは違う。僕は未だ皇帝ではないし、そんなこともしたくはない。


 妹とは違う対応をしてくれる可能性は大きいと思う。何しろ魔女は帝国建国に一役買っていたのだから。

 魔女ならば、何か良い知恵を授けてくれるかもしれないのだ。


「それは賢明な判断です。この城とは関係な方の意見は貴重です」

魔女の館は、このウィルバーン城の近くの森にある。

 それほど離れていないはず、僕でもたどり着けるだろう。


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