第9話 母の記憶と残された品、それは……

「そう言えば」母は何かを僕に残してくれたのを思い出した。

「何故忘れていたのだろう」


 藁にもすがる思いで母の部屋へと急ぐ。


 部屋を出ると部屋の前で待機していただろうメイドが話しかけてきた。

「どちらへ向かわれますか?」

「母の部屋だ。少し母のことを思い返していたんだよ」

「お怪我の具合はよろしいのですか?」と心配げな顔をするメイド。

「大丈夫だよ。もう気にしないで」

「はい。ありがとうございます」頭を下げるメイド。

「それじゃ」


 僕は早足でどんどん進む。本当は少し熱っぽいのだが、そんなことよりも、母の部屋にある何かが気になって仕方が無い。

 もしかしたら、このどん詰まりの状況を変える手掛かりが残されているのかもしれないのだから。


 

 母の部屋。ここもかなりの広さである。寝室、書斎とは仕切がある。

 女帝の部屋らしく優雅な雰囲気の調度品が多数ある。全体的に、部屋の飾り立ても派手ではなく落ち着いている。


 今は誰も使っていない部屋だが、きちんと清掃は行き届いている。

 豪奢な化粧台の上に置かれている写真立て。職人に作らせたそれは立体的で、見る角度によって映り方が違う。まるでホログラムみたいである。


 この人を母親だという実感は正直な所あまりない。昨晩、過去の記憶を取り戻したばかりなのだから、前世の母親の方が本物なんだとも感じてしまう。


 ベースとなる人格は、前世が七で、現世は三程度だろうか。

 考え方は、は前世の記憶が元になっているからだ。


 それでも、頭の中には現世の記憶も同時に存在していて、既に写真の中にしか存在しない彼女が、子供たちへ向けられた思いやりや気遣いなどもしっかりと覚えているのだ。

 写真立ての前にいると、現世の記憶が蘇ってきた。


「……そうだ。

 久しぶりに入ったな。小さかった頃は、よく入っていたのに」

 この部屋に入ることで、蘇る懐かしい思い出。現世の自分と記憶のすり合わせが終わったみたいだ。この部屋の主だった女性は、本物の母なのだと実感できた。


 ふと、化粧台の一番下の大きな引き出しが気になった。

「この引き出しも開かなかったはずだ。今はどうだろう?」

 おもむろに引き出しに手を添える。スルリと簡単に開いた。そこには宝石箱があった。


 僕が宝石箱の蓋に手を添えると、蓋は勝手に開いた。

見覚えのあるペンダントが一つ、残されていた。


「母のペンダントだ」

 普段あまり身につけてはいなかったが、大切な行事の日には必ず身につけていた。

 チタン合金みたいな色合いの鎖。菱形の土台に大粒の宝石がはめ込まれている。流石女帝が身につけていた品だけあって、シックな雰囲気と高貴さがある。宝石なんかには疎い僕だけれど、かなりの品物だと分かる。


「おや?」

 ペンダントの宝石が少しだけ光ったように見えた。何故だか手に取れと言っているように思えた。宝石箱から取り出して首にかけた。

「形見としてもらっておこう」 

 デザイン的には、男性でも身につけてもおかしくないだろう。手に取り首にかける。

「ん」

 急に身体が軽くなったような気がする。いつも感じていた気怠さが随分と薄れたような気がする。

「心なしか身体が軽くなった気がするぞ」

 母の形見を手にして、少しだけ気分が晴れたのかもしれない。


 次にお目当ての机へと向かう。


 派手さはないが品の良い落ち着いた雰囲気の机。引き出しに手を伸ばす。ボウッと指輪が光る。引き出しは苦もなく開いた。


「本当だ」

 左側、もう一つの引き出しの中を確認した。そこにあるのは一冊の本だけであった。

 淡い緑色の表皮の古びた本。それだけだ。その一冊だけであった。

 パラパラッとページをめくる。

 冒頭に記されているだけで、残りは白紙である。


「えっと、何々。

 わたしは貴方の人生の導き手であり魂を癒やすものである。

 貴方の名前を記帳しますか?」

 どんな意味だろう?


 何も書かれていない白紙の本。メモ帳にしては豪華だ。

「何かの魔法道具なのかも……。名前を書けってことみたいだ」

 母が遺してくれた魔法道具なのだ。無意味な品物ではないのだろうが……。


「ここにサインすれば良いのか」

皇子としての名前を記入。一瞬本全体が光った。だがその光も直ぐに収まる。

「何も起こらない? この古本が母の遺品なのか……」

どれほど凄いお宝なのかと思っていたが、古本一冊だけである。ガッカリ肩を落としてしまう。


 仕方なく、その本を引き出しに戻そうとしたその時、

「古本とは失礼なお人ですね」

 と、誰かの声がした。聞き覚えのない女性の声だ。


「え、え?」

 驚いて本を落としそうになった。

 だけど、本は空中で静止し、フワフワと浮かび上がる。


「わたしをただの古本などと申すとは……。失礼ながら目も相当悪いようですね。眼鏡をかけることを推奨します」

 本は大層ご立腹である。


「ほ、本が喋った?」

 流石は異世界。本も喋るのだ。






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