第7話 皇帝になることは難しい。だがそれでも僕は……
皇太子である僕ユーシス。魔力は申し分ないが生まれつき心臓に疾患を抱えていて、病弱である。
幼少期に何度も死の淵を彷徨ったため、成人まで生きられないと周囲の人々には思われていた。現状も病弱であり、よく風邪をこじらせ寝込んでいる。
そのため、有力諸侯からさほど期待されていない。
ウィルバーン帝国の皇帝は強さと賢さの両方を求められるのだ。魔族の脅威を退け、国民を栄光に導くこと。それが皇帝の役割だと認識されているのだ。
だから、第二後継者であるアルヴィンが時期皇帝として有力視されていた。
弟が成人した暁には皇位に就き、ヒルダが摂政として帝国を切り盛りするはずだった。
母ヒルダは二年前に急死。
帝都で大流行した流行病に冒されたのだ。帝都住民を鼓舞するために馬車で出かけた。母の乗る馬車の結界は厳重で、流行病程度は遮断できる高性能だったのだが……。
母が亡くなった次の年、叔父アルベルトが病に伏せてしまった。帝国議会の有力議員だった。
彼はさほど健康的ではなかったが、急に大病に冒されてしまい意識不明の重体に陥ったのだ。半年で意識を取り戻したが、以前の聡明さは削ぎ墜ちて、全くやる気の無い人になってしまった。
更に親皇帝の側近たちも不祥事を次々と露見して、帝都から左遷されてしまった。
(ここまでくると誰もが異常だと思うだろう)
だが、誰も言い出せなかった。正確には握りつぶされたのだ。
イグナートは、過半数の帝国議員と、議長のゲオルクを味方に引き入れたからだ。
これでイグナートの発言力は増大し、次期皇帝と目されるようになった。
だが、それもスンナリとは行きそうにない。親皇帝派も少数派に落ちぶれたが、力を持っているからだ。それに、あまりに強引な権力掌握に、中立派の動向も怪しくなってきたからだ。
帝国は内乱の危機に陥っている。
それを回避するために、イグナートとディアナの婚姻が目論まれているようだ。
イグナートが確実に皇帝になるためには、僕と弟が邪魔なのだ。
これが、前世の記憶を取り戻す前、皇子としての記憶である。
まあ、一言で言うならば、内乱寸前の状態である。
以前の僕がやさぐれてやる気無しモードに突入したのも無理はない。
まだ内乱に陥っていないのは、腹が立つことに敵である帝国議長がやり手だからだ。
(これは、この議長がイグナートを操っているな)
優秀だが、たかだか十三歳にこんな真似はできるはずもない。裏で手を引いているのは議長で間違いないだろう。
そう言えば、イグナートの母が議長と親族だったはず。
イグナートは時期皇帝有力候補、議長であるゲオルクは公爵。
「こいつらが黒幕で間違いない」
これで、敵は誰なのかがハッキリした。次はどんな手を打てるのかだが……。
僕が有利な点と言えば、前世の記憶を持っていることだろう。だけど、
「乙女ゲーの設定が勝利の鍵だって、役に立つのか?」
まあ、誰かが聞いたならば、正気を疑うレベルの話である。
「……何だか不安になってきたぞ」
だが、溺れる者は藁をもつかむという。
これしか逆転する糸口を知らないのだ。ならば、その藁をつかんでやろう。
さてと。
妹と弟は昨晩回想した通りだ。悪役とはいえ、とんでもない極悪人になる。
二人は、是が非でも更生させるとして、
肝心の僕、皇太子ユーシスについて思い返そう。
ゲーム内でもサラッと一言で説明される程度のキャラだったような……。
ならば、あの乙女ゲーの僕はどんなヤツだったっけ?
「そうそう、あの子のファンディスクに詳しく載っていた気がするが……」
脳みそを振り絞り、必死になって設定を思い返す。
設定では、幼少期から病弱であり、それが原因で後継者争いの原因となった。
妹と弟が成人する前に死亡しており、後継者争いは二つの派閥に分かれた。
弟と年下の叔父の派閥である。
帝国は大いに乱れた。つまり内戦である。
そんな混乱に陥った帝国を再び一つにまとめ上げるため、悪役王女と年下の叔父が婚姻した、という設定であった。
ザックリした設定であるが、今僕が置かれている現状と酷似している。
ならば、参考になることは間違いないはずだ
ひとつ言えること。それは僕はゲーム開始前に既に死亡していたというモブキャラなのである。
「……こいつ本当に名前だけのキャラじゃないか」
自分のことながら、酷い役割である。
「そうなると、僕が病弱キャラという設定は、ゲームの強制力と言う訳か……」
火の付いた爆弾を背負っているみたいなものだ。放っておいたら確実に死ぬ。
だけど、ある程度は寿命が延びる可能性はある。
「僕の死因は暗殺、それは間違いない。ならばそれを防げれば……」
記憶を取り戻す前の僕ならば、やさぐれてふて寝する状況だ。
だが、前世の記憶を取り戻した今は、そんなことを言っていられない。
既に一度死は経験している。もうすぐ二度目を経験しそうな状況ではあるが、案外冷静な自分がいる。
「死刑宣告を待つ死刑囚みたいなものなのに、案外落ち着いているよな」
死を乗り越えた人間は腹が据わるというから、一度死んだ僕も腹が据わったのだろう。
とあるマンガに登場するイカレタ神父もこう言っていた。「覚悟した者は幸福であるッ」と。あのセリフは的を射ている。
「もっとも、あの苦しみを進んで味わいたいとは思えないけれど……」
僕が予定より十年、いや五年でもいいから長生きすれば、僕たち兄妹の運命は大きく変わるんじゃないだろうか。
弟が成人して、皇帝となるまで生きられなくても、
せめて二人が僕の死を受け入れられる年齢まで生きられたのなら……。
ゲームの設定のまま進むとすると、妹は孤独を抱えたまま成長することになる。
父の死は事故っぽいが、母と兄である僕は間違いなく暗殺である。
今朝、二人が僕の両脇で眠っていたのは、死の匂いを感じ取ったからだろう。
親しい人が死ぬのを何度も見てしまったのだから。七つとはいえ、何かおかしいと感づいても不思議はない。
僕の死が妹と弟を、ろくでなしの道を突き進む引き金となったのだろう。
周囲の大人たちは味方面した敵ばかり。信じられるのは己だけ。そんな精神状態に陥ってしまったのだろう。
「そう言えば、ゲームでは妹と弟も二人きりの兄妹なのに仲が悪かったっけ」
二人は協力せずに自分の手柄を争う関係だった。
頼りになる身内のはずの弟は、力のみを信奉し、仮面夫婦の相手、年下の叔父。
病弱で政治に無関心な叔父。と身内はとんでもない奴らしかいなかった。
帝国に伝わる秘宝と秘術を使い、力に溺れ、悪役女帝と化したディアナ。
信頼できる味方がいない妹は、破滅の道を突き進む。
後は周辺国に喧嘩を売り続け、終いには聖女に成敗されるだけ。
悲惨な未来は確実に到来するだろう。
(聖女がヘマをすれば、妹がやりたい放題の統一国家が建国されるのだが……)
まあ、その内叛乱勃発で崩壊するだろう。どの道ロクでもない未来しかない。
ディアナやアルヴィンが悪の道へとひた走るのを食い止めることが出来る者。
それはそれは僕しかいないのだ。
ここが踏ん張りどころである。
両手で頬を叩く。パチンといい音が部屋に鳴り響く。
「よし」少し頭がスッキリした。
「まずは暗殺を回避して皇帝となり、アルヴィンが成人すれば弟に帝位を譲り、どうにか四十歳くらいまで生きてやろうじゃない」
都合の良い未来図を描く。そんな気軽な話でないことは、重々承知している。
でも、口に出して自分を鼓舞するしか今は出来ない。
弱音なんて吐いていられない状況だ。
「神さまの思惑だか悪戯だか知らないが、ちょっとはあがいてやろうじゃないか」
そう心に誓ったのだ。
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