第5話 ただ今反省中

 見舞いに来てくれた妹と弟に、余計な心配をさせてしまった。それと、あのメイドが犯人だとは決まっていないのに……。

「やっちまった。ちょっと神経質になってるのかもな」

 自己嫌悪。興奮し過ぎたかも、と反省。

そりゃあ、暗殺されかけたんだ。身体に刻まれた恐怖は残っているのだ。

 それは今でも……


「う」

 身体が痺れ、倒れていく瞬間が、フラッシュバックとなって脳裏に浮かぶ。

「ハア、ハア……」

 いつの間にか汗が噴き出ていた。

「落ち着け、落ち着くんだ」


 冷静にならなければ、現状は回天しない。

 瞑想。頭の中を空っぽにして心を落ち着かせた。


「……よし、さっきよりは随分マシな気分だ。とにかく焦って自滅するのだけは勘弁だ。

 せっかく前世の記憶が蘇ったのだ、現世の気持ちに引きずられては駄目なんだ」

 暗殺に怯える十四歳の思考では、全てが敵に見えて仕方ないからだ。

「ふう……」大きく深呼吸をする。


「さてと」

 再び、現状を顧みる。落ち着いて考えて見れば、あのメイドがまず犯人ではない、と考えられる。

 勿論、メイドは他にも複数雇用されている。共犯の可能性もあるかもしれないが、その線も薄いだろう。


 皇太子暗殺を犯すなんて、一介のメイドにはリスクが高すぎるからだ。


 何しろ皇太子暗殺なのだ。国を揺るがす大事件である。

 未遂であったとしても、犯行に及んだは勿論死罪、一族にまで罪が及ぶのは間違いないだろう。

 このウィルバーン帝国には議会がある。そう言われれば、開かれた国を連想させるものがある。だが、帝国議会の議員になることが出来るのは貴族だけだ。参政権は一般民衆にはないのだ。

 貴族が強い力を持つ世界なのだ。現代日本の公正な裁判なんてありはしないだろう。

 ならば、帝国の存在を脅かす人間に、公平な判決なんて、下されるわけないのだ。


 疑わしきは黒だと断定され、証拠さえでっち上げられることも大いにあり得る。

その結果、自分の命だけではなくて、一族郎党にも連座刑が適用され、当主の一族死罪、領地没収などが、平気で行われるだろう。


そもそも城勤めのメイドは、下級貴族の令嬢である者が多い。

そんなリスクを負ってまで暗殺するのだろうか? 

(ただのメイドにそんな胆力があるのだろうか)

 それでも、暗殺されかけたのも事実だし……。

 城に勤める人たちも、身元のしっかりした者しか雇わないだろう。

 それとも、皇族の求心力はそれほどまでに低下しているのだろうか?


 何か抜け穴あるのだろう。城の守護者という防御システムの、意表を突き、盲点を利用した何か、が……。


「このことは、考えるだけ無駄だな」

 それが何なのか見当もつかない。だから対策が取れなかったのだろう。


 暗殺者は誰なのか考えるのは今は無理だ。情報がなさ過ぎる。無為なことに時間を使う余裕は全くない。切り替えていこう。

 暗殺する実行犯ではなくて、そいつを利用する黒幕は誰なのか。そのことを考えよう。


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