第4話 疑心暗鬼を生じる

 僕も表面的に微笑んでみせた。だが、現在の僕の記憶が警鐘を鳴らす、コイツらは何かを隠している。


 そう、そうなのだ。誰も口には出さなかったけれど、あれは事故なんかではない。

 そんな不穏なことを考えていた。


(あの日は珍しく体調が良かったんだが……)

 急にフラつくほど体力は落ちていなかったんだはずだった。

 いくら病弱であっても、四六時中熱を出して体調が優れないとことはない。週に一度くらいは体調が良い日もあるのだ。杖さえあれば、一人で散歩する程度の体力はまだあるんだから。

 だが、あの日は急に手足が痺れてきて、胸が苦しくなってしまった。それで受け身も取れずに頭から噴水の台座に頭から倒れてしまったのだ。


(つまり毒殺ということか……)

 脳裏に、あの時の苦しみと痛みが、リアルに思い出せる。

 少しタイミングがずれれば即死だったかもしれないのだから。

(誰が犯人だ?)

 誰が食事に毒を盛ったのだろう?犯人を思い出そうと思考を巡らせる。

 と、誰かがパジャマを強く引っ張ってきた。


「……さま、兄様」

 誰だと思い振り向くと妹がパジャマの裾をしっかりと握りしめていた。

「あ、ああゴメン。聞いていなかった」

 自分では分からなかったが、相当怖い顔をしていたのだろうか。涙目の妹を見ると罪悪感がチクリと胸を刺す。

(いけない。犯人捜しに没頭してしまった)

 だだっ広い城の中、死角なんてそこら中にあるのだ。毒を混入させるチャンスなんて幾らでもあるだろう。

監視カメラでもない限り、誰が犯人なんて判明しないだろう。


「さ、アルヴィン様にディアナ様。ユーシス様はご気分が優れないみたいです。お部屋を出ましょう」

 とメイドが二人に退出を促す。

 よほど辛そうな顔をしていたのであろう、メイドが気を利かせて、僕から二人に離れるように促す、

「お嬢様、お坊ちゃま、王子様はまだ体調が優れないようです」

「えー、まだ兄様といるーっ」


 妹が何やら魔法を使ったのだが、直ぐにかき消された。


「うう、城の守護者が意地悪するよー」

「城の守護者?」僕の知らない単語。


「むむ」と弟がメイドを睨む。何か力を使っているみたいだ。

 だが、何も起こらなかった。


「いくらアルヴィン様の威圧でも、この部屋では通用しませんよ」

「威圧?」これも知らないぞ。


 城の守護者とは何だ?

「城の守護者とは、この城の魔法を制御するコアのことです」

 知らない間に言葉にしていたのだろう。メイドが説明してくれる。

「城の守護者が魔法に対する結界を張っているため、城内では、魔法を使えないのです。

 そのため、皇族の方々でさえ、わたしのような者にも、お力が及ばないのですが……」


「そ、そうだったな。城の守護者が魔法を禁止しているんだったっけ?」

 突然前世の記憶が蘇ったのだ、生前の記憶と、現世の記憶とがぶつかり合い、情報があやふやになってしまったようだ。


「あ、あれ?」思わず頭に手を添えた。

「やはり、まだお怪我が芳しくなにのですね。わたしでは何も、何も……」

 メイドは悲しげに目を伏せた。目元にはうっすらと涙が滲んでいる。


 彼女は、僕の怪我を案じて狼狽しているのか、それとも……。

「済まない」ついさっきまでこのメイドを疑っていたくせに……。

 単純かもしれないが女性の涙には弱いのだ。


「兄様……」

 メイドに釣られるように、二人とも涙目になってしまった。

「だ、大丈夫! ちょっと寝ぼけているだけだからっ」

「そう、先生。先生をお呼びしますね」

「い、いいからっ。大丈夫、寝れば治るから」

「ですが……」と食い下がろうとするメイド。彼女は職務に熱心だ。

 それか、暗殺の嫌疑を晴らそうと必死なのかもしれない。

「さっきは興奮して済まなかった。君は何も悪くないよ」

「そ、そうですか」

「ああ。何も心配はないよ」

「ありがとうございます」メイドは深々と頭を下げた。

「兄様、お兄様」見つめる妹と弟。メイドの狼狽に釣られたのか二人とも涙目だ。

「ゴメン。心配しなくていいよ」

 僕は二人の頭を優しくなでた。

「明日、またおいで」

 僕は笑顔を見せた。今度は作り物ではなくて。


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