第3話 もしかして詰んでいませんか
だだっ広いベッドで目が覚めた。天幕のあるベッドで、何処かの大金持ちか貴族たちが眠るヤツだ。寝心地は抜群で、いつも寝ていた安物のベッドではない。
「夢じゃなかったのか……」
昨晩の出来事が、夢ではなくて事実であったこと。
それと同時に、既に死んでいて、転生しまったことを理解してしまった。
フカフカの掛け布団をどけて起き上がろうとする。
「うぅっ」
軽い目まい。少し吐き気もするが我慢できる範囲だ。
ゆっくりと周囲を見回す。どこかの宮殿みたいだ、と陳腐な感想が漏れる。だが、実際に皇子に転生して宮殿に住んでるのだから当たり前だろう。
「広い部屋だな。二十畳はあるんじゃないのか」
寝るだけの部屋のくせに広すぎる。さすがは皇子の寝室といったところか。
ん?
ベッドから抜けだそうとして、胴の辺りに重さを感じた。見ると、二人の子供が僕の両側で寝ているのだ。
ぐっすりと熟睡しているようで、僕が身体を動かしても寝入っている。
ベッドに寄りかかって眠っている幼い二人の子供。女の子と男の子だ。
現世での妹と弟だ。
僕を心配で見守っているうちに疲れて眠ってしまったのだろう。年相応にあどない寝顔が可愛らしい。
僕は 二人の顔をゆっくりと見回した。
僕の右側で眠る少女。妹の名前はディアナ・アールスティン。帝国の第一皇女であり、僕の妹だ。
美しい黒髪は腰まで届き、光の加減で濃い碧にも見える。
陶磁器のような白い肌と明るい茶色の瞳と整った容姿をしている。
(少しおしゃまな女の子なんだよな)
妹の髪の毛を優しくなでる。
僕の左側で眠る少年。弟の名前はアルヴィン・アールスティン。帝国の第二皇子であり、僕の弟である。
双子なので、妹と同じく黒髪である。動くことが好きなので短髪だ。眠っていて分からないが、意志の強そうな眼差しを持つ少年である。
(少し頑固なんだけど、基本素直な性格してるんだよ)
弟の頭を優しくなでた。
二人の寝顔は、まるで天使みたいに可愛いけれど、将来帝国を破滅に陥れる元凶となるのだ。
運命とは、歯車の一つさえ食い違っただけで、どういう結末を迎えるのか想像も出来ないものだ。
ゲーム内の二人はこんなヤツだった。
未来のアルヴィン。勝利のためなら手段を選ばず、敵はもちろん味方さえ見殺しにする冷酷無比な大将軍となる。そのため、帝国滅亡の直前に、王国に寝返ろうとする側近に暗殺されるという救われない最後を遂げる。
それからディアナ。始皇帝もかくやという専制政治を敷いて、臣民から憎悪の一手を受ける。物語の最後、聖女とヒーローとの戦いにおいて敗れ去る。その遺体は帝都の民衆によりズタズタに引き裂かれたという。
(まあ、かなり悲惨な最後ではあるが、二人ともロクでもないことしかしてこなかったんだ。ある意味身から出た錆でもあるが……)
この二人が本当にそんな悪党になるとはにわかには信じられないものがある。
やはりただの思い過ごしなのだろうか。
しばらく考え込んでいると、ディアナが目を覚ました。
「やあ、目が覚めたのかい?」
「お兄様、お目が覚めて、良かった。うううっ」
グズつく妹。必死に涙をこらえているが、零れる涙が頬を伝う。僕は親指で涙をそっと拭い去ってやる。
「大丈夫だよ。お前たちを残して死ぬものか」
「うわーん」
弟も泣き出した。
(いや、まだこの子たちはそんな悪党になるとは決まってはいない)
僕が何とかしなければ……)
この二人を救えるのは僕だけだ。
そう決意するが、このポンコツの身体は言うことを聞いてはくれない。
「良かった魔法が効いたのですね」
と優しげな老人が、ホッとした顔になった。
「先生?」現世の記憶を辿る。彼は僕の主治医だ。
「お目が開かれましたね。どこか痛む場所はありませんか?」
「あ、いえ。少し気分が悪いですが、どこも痛みはありません。
まあ、身体がだるいのはいつものことですけど……」
「ああ、そうですか。峠は越えたようです」主治医はホッと胸をなで下ろす。
どうやら彼が僕の治療をし続けていたようだ。目の隈が酷いことになっている。
主治医は魔法を使うのを止めると聴診器を取り出した。この世界にも便利な医療機器はあるのだ。ただし、高価な品物だから、一般にはあまり普及してはいない。
「失礼いたします、胸をはだけてください」
「ああ」僕も言われたとおりにする。自分でも嫌になるほど痩せた身体を主治医に見せた。
主治医は聴診器を取り出して、聴診した。
「殿下もしばらく安静にしていてください。お薬を出しておきますから」
彼は満足そうに頷くと、聴診器を外し、治療は終わった。
どうやらもう魔法を使ってくれないみたいだ。
(あ、あれれ? 魔法を使ってコレなのか?
もしかして、この先生腕はイマイチなのでは……)
不謹慎だがそんなことを思ってしまった。
だって、魔法の世界なんだから、呪文一発で全快するんじゃないの?
頭はどうにか治っているみたいだが、胸の息苦しさは依然として残っている。
「治療してもらって悪いんだけど、もう少しどうにかならないの?」
と、愚痴をこぼしてしまう。
「残念ですが、それは無理でしょう。現在の治療で精一杯です」
主治医は悔しそうに首を振る。
「治癒魔法なんかで一発で治るものだと思っていたけれど……」
「殿下は光魔法と闇魔法を混同されております。
信仰する神の御業の違いにより、帝国では治癒魔法の使い手は稀少なのです」
「ええっと、帝国が信奉するのが闇の女神、南の王国が信奉するのが光の女神ですよね」
「ええ」主治医は当然だと言わんばかりに強く肯く。
「我が帝国の治癒魔法の使い手では、あまりに深い傷は完治できないのです」
「頭部に深手……ですか」
(もしかして脳挫傷でもしていたのか?)
実は死ぬ寸前だったのかもしれない。
「それでは、身体の方は……」
主治医は残念そうに首を横に振った。
薄々気づいていたけれど、身体も相当悪いようだ。
「残念ながら、魔法は何でも出来るものではありません。
対象者の力を増大させることは可能ですが、それも対象者の力量次第であります。不可能を可能にするほどのものではありません。
死にゆく定めは覆せないのです」
「死者を蘇らせたりする類いのものは無理なのか……」
言われてみればそうだろう。でなければ母は亡くならなかったし、そもそも父も亡くならない。
「そのような奇跡の使い手は、聖女と呼ばれる方だけです」
「聖女は帝国にはいないの?」
「はい」即答された。
「治癒魔法の使い手はどう? 帝国の魔法技術も凄いものがあるでしょう?」
「一般的には……」
主治医が魔法の説明してくれた。ザックリと言うならば、
火、水、土、風の四大魔法が基本にあり、それ以外の属性として光と闇がある。
よって四大魔法が二属性。合計八系統の魔法がある。
二大属性は表と裏のコインのような関係で、優劣は存在しない。
光の魔法。治癒と防御の魔法に優れている。
闇の魔法。精神と付与魔法を多数存在しており、攻撃魔法も得意である。
「残念ですが、帝国の治癒魔法の使い手は、王国よりも一段劣ります」
「回復役、エリクサーとかは……」
「完全なエリクサーを精製するためには、光の魔法の使い手、聖女の助力が必要不可欠であります。残念ながら我が帝国でも、エリクサーの精製には多大な労力を使います。できても、王国のエリクサーよりも一段劣ります」
「そう、なんですか……」
「残念でありますが……」
主治医は悲しそうに首を振った
その後、念のためと傷口に軟膏を塗られ、新しい包帯に取り替えてもらう。
主治医が出してくれた薬湯を飲みながら、ボンヤリ考えていた。
「兄様。もう先生は帰りましたよ?」
妹は心配げに僕の顔をのぞき込んできた。ボンヤリして動かなかったので、不安にさせたみたいだ。
「あ、ああ。大丈夫だよ。寝起きで頭が回らなかっただけさ」
と、努めて明るく答えると、笑顔を妹に向けて優しく頭を撫でてあげた。
妹の顔に安堵の笑みが浮かび、弟と顔を見合わせた。ホッとした表情になる二人。
心配顔だった厳格そうなメイドも顔をほころばせている。
平和な一コマという雰囲気だ。
さて、それは本物の平和なのだろうか?
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