第2話 記憶を辿ってみれば
高校時代は美術部で、大して上手くないけれど、絵ばかり描いていた。
たまに人に褒められると嬉しくて誰かの似顔絵なんかも描いていた。
ある日、ゲームの主人公のイラストを描いて欲しいと頼まれた。それはいわゆる乙女ゲーのヒロインとヒーローだ。依頼主のお気に入りで、学園祭でイベントをするとき、大きな絵が欲しいと言う。
笑うとえくぼが似合う可愛い少女だったのは覚えている。
人気作品のイラストを依頼されたっけ。それでその乙女ゲーをその子から借りたんだ。
まあ、色気づく年頃の高校生、下心もそれなりにあったもんで、その子と仲良くなりたかったから、共通の話題作りのために、普段やりもしない乙女ゲーを攻略サイトと睨めっこしながら、躍起になってプレイした記憶がある。学生時代の甘酸っぱい思い出ってヤツだ。
はて? どんな顔をしていたっけ?
依頼主の少女の顔。ハッキリとは思い出せない。嘘だろ、初恋だったんだけど……。眼鏡をかけて……。確かボブカットだったけ?。あれ? 名前は……。
頭の中に靄がかかったように思い出せない。いや、その子だけではない。両親の顔や名前さえも。
それに、僕の名前はなんだったっけ?
必死になって考えても、肉親や友人知人など、人物の名前は思い出せない。
思い出せるのは、サラリーマン時代の仕事内容や雑務に資料や資格などなど。そのほか色んなゲームや、小説にマンガの内容や、世間を賑わせたニュース関係……。
(うーん、どうなってるんだ?)
ズキンと鈍い痛み。まるで思い出すことを拒んでいるようだ。
昨日、庭で転んで頭を強かに強打したのだ。直ぐに治るような怪我ではないはずだ。
(まあ、昨日今日で治る怪我じゃないよな)
怪我の功名とは言い切れないが、その時ダムが決壊したかのように、過去の記憶が濁流となって流れ込んできたのだ。
今、再び記憶の濁流が襲ってきた。
自我を保てない。僕は誰だっけ? 皇子様? ただのサラリーマン?
(はて、僕は一体何者なのだろう?)
そんな意識だけの世界でとりとめも無いことを考えていると、急に睡魔が襲ってきた。
(夢なのに眠くなる? 夢の世界じゃないのか? やはりこの世界は本物なのか)
唐突に訪れた睡魔に抗えず、意識は闇の中に落ちていった。
『大丈夫、心配しないでくださいな』
ふと、誰かの声が聞こえた気がする。
『貴方は運命の試練をひとつ乗り越えました』
(運命の試練だって?)
僕の問いかけに声の主は応えない。だが、優しげな声は心を落ち着かせてくれる。
『傷口からの出血は収まりました。もう安心ですよ。
せっかく苦労してお助けしたのですから、次からはもっと用心してくださいな』
誰かのささやくような声……。
「誰だ?」
その声を発した最後、意識はぷっつりと途切れてしまった。
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