第28話

 その日の夜。ロイは離宮の二階にある私室に、ジャックを呼んだ。

 「ロイ様、ご用件は何でしょうか」

 ジャックがロイの部屋に来るのは数年ぶりのことだった。ロイは滅多に私室へ人を入れない。機密書類が多くあるのもあったが、幼い頃の嫌な記憶もあって、私室に二人になることは避けたがった。ゆえに今日はよっぽどのことなのだろうと、ジャックは予想していた。

 「もう知っていると思うが……イアンは聖闘技祭せいとうぎさいの後、近衛騎士を辞めるつもりだ」

 「ええ……そのようですね」

 ロイは窓を背にして立っている。光源はデスク上の黄水晶芒シトリンブランチが入ったランプだけで、室内は薄暗い。けれどロイの顔が沈んでいるのは、そばに仕えて二十年のジャックなら、声音だけでわかることだった。

 「だから俺はイアンに真実を告げるつもりだ。運命の番はこの俺だと」

 「左様ですか……」

 ジャックは胸が痛んだ。二年前のあの日から、ロイが罪悪感で苦しんでいるのは知っている。だから真実を話すのに、相当な覚悟を決めているのは、容易に想像できた。

 (誰も悪く無いのに……どうして運命というのは、こうも残酷なのでしょう)

 初めから真実を話していればこうはならなかった……と言うだけなら簡単だ。オメガになり騎士職が断たれ、荒れたイアンの姿を前にしたら、本当のことを告げられる人間なんていない。

 ロイは「俺がイアンのそばにいたいから、嘘をついた」と自分を責めるような言い方をよくする。しかしそれが本当だったら、ジャックは強く「真実を話すべきです」と言っていただろう。それができないほどに、当時のイアンは放心状態の日々だった。

 だからといって、真実を隠していい理由にはならない。全てのことを知ったイアンが、ロイを軽蔑しても、ジャックは止めることができない。けれどそれと同時に、当時のロイの配慮は、妥当だったとも思っている。

 どちらの考えもわかってしまうぶん、ジャックは心が苦しかった。

 「それで、イアンと話をするときに、お前に頼みがあるんだ」

 「頼みですか? 一体なんでしょう?」

 ロイは基本命令しかしない。頼みという断る余地がある物言いは珍しく、ジャックは疑問に思う。

 「その……イアンと話すときに、その場にお前もいてほしいいんだ」

 「え、わ、私がですか?」

 想像していなかった頼みに、ジャックは目を丸くする。

 「そうだ。でもお前だけじゃない。オリヴァーも呼ぶ。その日にあったこと、あとイアンの性転換について……俺だけじゃなく、他の人の意見も入れて、ちゃんと話しがしたいんだ」

 ロイは一呼吸おくと、何かを思い出すような素振りをして、また口を開いた。

 「学長に言われたんだが……俺だけだと、偏った話になってしまうかもしれないだろう? だからイアンにとって一番真実に近い話をすることが……最も誠実な対応だと考えたんだ」

 「そういうことだったんですね……」

 学長が何を話したのか、ジャックの知るところではなかった。けれど、ロイの思い込みが激しい部分が、学長の言葉で変わったのは感じた。

 ロイはアルファで優秀なぶん、自分の考えが絶対に正しいと思っている節がある。実際ロイが間違えてることは少ないのだが、自分を責めすぎて身を滅ぼさないかと、ジャックは不安に感じていた。

 「きっとイアンは話を聞いてショックを受けるだろう……そのときは、お前がイアンを支えてやってくれ」

 薄暗い部屋の中で、ルビーの虹彩がジャックを見つめる。ジャックは主人の思いを汲み取り、深々と頭を下げた。

 「かしこまりました。もし何かあれば、私がイアンさんを支えます」

 そうならないでほしい。ロイとジャックは同じことを思っていただろう。しかし真実を知ってどう判断するかは、イアン次第なのだ。

 (どうか……イアンさんには、ロイ様を嫌わないでほしい……)

 それはシャックの勝手な願望だ。だからこそ、二年前の話をするときは、慎重に言葉を選ばなければならない。ロイのためにも、イアンのためにも。

 (今からどう話すか、考えなければなりませんね……)

 ジャックはロイの後ろに映る月を見上げる。雲ひとつない快晴の夜に、ざわざわと木々を揺らす木枯らしの音が響いた。

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