第七章
第29話
市街地では、日に日に
どの騎士が最高位を手にするのか。隠れた有力騎士は出てくるのか。巷のパブは毎夜、
そして今日から三日間。王都の中心地から少し外れた闘技場に、
ロイは来賓室のカーテンを少しだけ開け、空から降ってくる色とりどりの花びらを目で追う。煌めく
闘技場は楕円形のすり鉢状の底に乾いた地面があるせいで、ひどく埃っぽい。すでに観覧席は埋まっており、狂気的な人々の熱気にロイは顔をしかめた。
(人が傷つけ合うのがそんなに面白いか)
やはり武力は好きになれない。話し合いができない低脳の集まりだと思ってしまう。そんな欲望の渦巻く中心地に、イアンが放り込まれるのかと考えるだけで、ロイは眩暈がした。
「ロイ様。それ以上開けますと、民衆にお顔が見えてしまいますよ」
たしかに来賓室は観客席から張り出し、一番見晴らしがいい位置に作られている。そのためロイに向けられた忠告は正しかったが、距離を感じる言い方が気に食わなかった。
「……イアン、まだ誰も来ていない。そんな話し方しなくてもいいだろう」
「いえ、扉の外に聞こえてはまずいですから」
後ろを振り返りイアンを見る。華奢な体に合わせて仕立て直した軍服は、イアンの細く引き締まった体に驚くほど合わさっており、洗練された美しさを引き出している。
それだけでも心配になるほどかっこいいのに、あとで中に着ている新素材の服が晒されるのかと思うと、ロイは頭も痛くなってきた。
「お前、今度から仕立て直すのやめろ」
「それは……できかねます」
イアンは困惑して眉を八の字にする。そのいじらしい表情も、
(いや、絶対に見れないだろうな。真実を知ったら、俺の元から離れるのは間違いない)
ここ一ヶ月、ロイはそのことばかり考えていた。何をするにも、これがイアンと過ごす、最後の日々なのだと。だから休みもとって、できるだけイアンの鍛錬を見学しにいった。
(それも今日を入れて、あと三日で終わりか……)
せめてもと思い、ロイは最後の軍服姿を目に焼き付ける。イアンが普段着ている騎士団のシャツも、それはそれで似合ってはいたが、軍服だとより自分の近衛騎士なのだと実感できていい。次に整えてある髪を見るために視線を上げると、イアンの顔は林檎のように真っ赤になっていた。
「お前体調悪いのか?」
「な、なんでもございません。ロイ様の心配に及ぶようなことは何も」
ぱっと目を逸らされたことに、ロイは寂しさを覚える。最近イアンはこうやって目線を外すときがあるが、理由は不明だった。
しかし『なんで目を逸らすんだ? 悲しいだろう』なんてわざわざ問い詰めない。問い詰めたところで、イアンはまた眉を八の字にするだけだ。
(でもそういえば、さっきみたいに頬が赤いことも増えたな……)
剣の稽古をしていて、息が上がっているからと思っていたが、それ以外のときもこうして赤く染まるときがある。馬車に乗ってるときや、服の採寸なんかをしたときだ。風邪を引いている様子でもないし、何かあったのだろうか……?
「ロイ様……」
物思いにふけっていたら、顔の赤みが引いたイアンが胸に手を当て片膝をつく。
「この度は我が身に余る大役を拝命いただき、心より感謝申し上げます」
首を垂れ、主君に忠誠を誓う姿は、自分にしか向けられない。それが何よりも嬉しく、何よりも虚しいと思う。示される主従の関係を、自分は踏み越えられない。
「必ずや、勝利を我が君に」
そんなものはいらない。
勝利よりもお前が欲しい。
しかしロイは情欲を押し殺し、イアンへ毅然とした声を出す。
「顔を上げよ」
ラピスラズリの煌めく瞳とぶつかる。そこに獣はおらず、第三王子ロイ・ガーテリアとしての自分が反射した。
「私からの命令はただ一つ」
肩にかかる重いマントを翻し、右手を突き出す。
「悔いなく戦え」
深青の目が、見開いた。
「勝てとは言わない。多少の怪我は研究室の回復薬で治してやる……だから存分にお前の実力を見せつけてこい」
薄く微笑むと、イアンも口角を上げた。
「……イエス・マイロード」
差し出した右手を、イアンは恭しく取る。
壊れ物を扱うかのような優しい手つきで、薄い桃色の唇を手の甲に重ねた。
決して強い口づけではない。まばたきをしていたら、見逃してしまいそうなくらいに。
しかし、ロイの心臓はどくどくと脈打つ。イアンの示す忠誠心が、柔らかな痺れを伴って、全身へと広がった。
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