第六章

第26話

 季節も冬に入り、街路樹の葉が全て落ち切った頃。イアンにとって嬉しいことと、悲しいことがおきた。

 嬉しいことは聖闘技祭せいとうぎさいに出るにあたって、ジャックが新しく考えてくれた鍛錬がイアンに合っていたこと。日に日に上達していく剣術に、心の紺瑠璃花ネイビー・ラピスラズリがますます重なっていった。

 ——自分の体は戦えない体ではない。

 紺瑠璃花ネイビー・ラピスラズリにとっての日陰のように、イアンにとってオメガの体は、適する環境になりつつあった。ジャックの稽古は厳しくとも、すっと澄み渡る紺青が近づいていく胸の高鳴りに、イアンは無我夢中になった。

 悲しいことは、週一のロイとの楽しみが無くなったことだ。聖闘技祭せいとうぎさいまで残り三週間を切り、泣く泣く「運命の番より楽しいことを探すのは、先延ばしでもいいかな?」とロイに相談せざるを得なかった。

 ロイからは「そうか、わかった」と淡白な返事がきたので、ああ、これで終わりか……とイアンは嘆いていたが、意外にもロイは週末の休みは継続したままで、休みの日は外でイアンの稽古を見ながら読書をしていたりする。

 そういう日は俄然やる気が出た。本に夢中でこちらなんて全く見ていないだろうが、それでもロイに良いところを見せたくて、イアンはレイピアを迷いなく突くことができた。

 今日もそんなやる気が出たある日の午前。突然ロイが、午後から大学に行くと言い出した。

 「えっと、今から? 今日は休みなんじゃ……」

 「そのはずだったんだがな。速達の梟便がきたんだ」

 イアンはジャックとの鍛錬に集中しすぎて、梟便が来ていることに気づかなかった。シャツで汗を拭いながら、「もう行く?」と聞くと「ああ、お前が準備できたら」とロイは嫌そうな顔で言った。

 「どうしたの? 何かあるの?」

 「……それは行ってから話す」

 ロイは眉間に皺を寄せたままだ。イアンはこれ以上ロイが不機嫌にならないように、急いで出かける支度をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る