第24話

 聖闘技祭せいとうぎさいの詳細を話し合ってる最中、教授室の扉が勢いよく開いた。

 「ロイ! 大変だ! 君の個別研究室が!」

 ただならぬ様子のオリヴァーに、ロイの顔が険しくなる。

 「どうした、何があった!?」

 「すぐに来てくれ、ひどい荒らされようで!」

 「わかった。今すぐ行く。イアンはここで待ってろ」

 「えっ、あ、うん……」

 何か重大なことが起こったようだが、イアンは許可を得ていない。言われた通り教授室で足をとめたら、

 「いや、イアン君も来てほしい。剣が使える人がいないから……学長の許可ももらってある」

 とオリヴァーが言った。

 剣が使える人となると、穏やかな話ではない。ロイも同じことを思ったのか、眉間の皺をより深くさせる。

 「侵入者がまだいる可能性があるのか」

 「うん。とりあえず、来たらわかる」

 胸がざわつく言い方に、イアンとロイは急いで研究室へと向かった。






 「こ、これは……!」

 「……中に入られたのか!」

 ロイの個別研究室は悲惨なありさまだった。引き出しは全て開けられ、書類が散乱している。デスクの上に置かれたフラスコは床に投げ出されており、代わりに赤いインクで外国語らしきものが書いてあった。

 「やあ、ロイ君、今回はやられたねぇ。イアン君も来てくれてありがとう」

 イアンが声のした方を振り返ると、白髪を腰の辺りまで伸ばした背の高い老人が立っていた。髪の隙間から見える尖った耳が、エルフ種の血が入っていることを物語っている。

 「学長……!」

 「度々侵入しようとした形跡があったから、結界は強くしていたんだけど……どうも内側からやられたようだ」

 学長が手をつき出す。よくみると人差し指と親指で、茶色の鼠のような生き物の尻尾を掴んでいた。

 「そ、それは!」

 「ああ。熱砂の獅子がよこした僕だろう。誰かの服か鞄に紛れ込んでいたに違いない」

 学長がぐっと指先に力を込めると、鼠は砂のように散ってしまった。

 「研究員が全員帰った直後に狙われたようだ。たまたまオリヴァー君が忘れ物を取りに戻ったからよかったものの……もしそれがなかったら、発覚はもっと遅くなっていただろう」

 「でも、研究員が全員帰った直後って……一時間あるかないかですよね? そんな短時間で……」

 「おおかた大人数で一気に探したのだろう。一人ではできない」

 空気が沈む。イアンにはなぜ熱砂の獅子が関わるのか知らなかったが、誰も何も口を挟まないので、沈黙を貫いた。

 「そういえばロイ、このアッバス語はなんて書いてあるの?」

 オリヴァーが、デスクの上に書かれた外国語を指差す。

 「多分【赤い緑柱茎ビキシバイトはどこだ?】って書いてある」

 「赤い緑柱茎ビキシバイト?」

 イアンの疑問を感じ取ったオリヴァーが

 「ああ、赤い緑柱茎ビキシバイトっていうのはね…」

 と教えようとしてくれたが

 「オリヴァー、それは守秘義務に関わる。イアンも悪いが、名称以外は教えられない」

 というロイの鋭い声に、口を閉ざした。

 「まぁどちらにせよ、研究室以外にも大学の入口も厳重にしないとだね」

 学長がさりげなく話を逸らす。

 ロイも同意するように頷き、

 「本当は宮廷に動いてもらいたいが、まぁそうもいかないだろう」

 とこぼした。

 「え? でも、国を左右する重要機関が攻撃されたんだから、騎士団本部も動くはずじゃ……」

 イアンはそんなまさか、と思うが、学長は悲しげに首を振る。

 「魔花まか加工理論の研究はガーテリアの存続がかかっている重大なことではあるんだけど、宮廷は研究自体をそこまで重要視していない。それよりも魔花加工品まかかこうひんをどう売るか、売り込むための軍事力や、政治的外交力の方が大事なんだ」

 「要は魔花まか加工理論なんて極めたところで、すぐには金にならない。なんならその研究結果が役に立つのかもわからない。それなら今あるものを売ることに力を入れた方がいいって考えだ」

 学長とロイの話に、イアンは驚きを隠せない。

 「そ、そんな! 今はそれでいいかもしれないけれど、この先他国に似たような製品ができたら……!」

 「上はそこまで考えていないんじゃないかな〜研究費も年々下がり続けてるしね」

 オリヴァーも諦めたように言う。

 (研究室がそんな扱いを受けてるなんて……!)

 ガーテリアの未来を考えたら、研究開発費こそ予算を減らせない場所のはず。イアンでも気づきそうなことを、宮廷の優秀な文官たちが思いつかないわけがない。なのに、予算を削るという選択肢をとることが、全く理解できなかった。

 「まぁ、今はそれを考えたところで仕方ない。とりあえず先ほども言った通り、研究室と大学の警備を厳重にしよう」

 学長はそう言うと、気持ちを切り替えるように手をぱんと叩いた。

 「ええそうですね……イアン、俺は大学に泊まって盗まれた物がないか点検する。お前は先に帰っていい」

 「あ、うん。わかった……」

 できれば手伝いたかったが、機密事項に触れるようなものも多く、イアンには手がつけられない。侵入者も学長が捕まえて、砂にしてしまった。残念ながらやれることはないようなので、イアンはオリヴァーと一緒に研究室を出た。

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