第四章
第20話
大学から宮廷に帰る馬車の中、イアンは大通りに並んだ街路樹を眺める。
焦点をずらすと窓ガラスに反射したロイが映った。イアンはしばらく外を見るふりをして、ロイを観察する。
一ヶ月ほど前に突如綺麗になった身なりは、今でも保たれている。前髪からのぞくルビーの瞳は、以前よりも輝きが増したように見えた。それはイアンの心境が、変化したからかもしれないが。
「だいぶ日も短くなったな」
「あ、うん。そうだね」
窓ガラスの中でロイが顔を上げたので、イアンは慌てて夕焼け空に目を向ける。反射越しに見ていたことはばれていないようで、ほっと胸を撫で下ろした。
「冬も本格的に始まるな」
「うん。そうだね……」
冬が始まったらこの気持ちは落ち着くだろうか。いや、そんなことはない。心は寒さで枯れる、一年草では無いのだから。
「なんかお前、最近ぼーっとしてるな」
「えっ、あーえっと……そうかな?」
窓から顔を離し、イアンは前に座るロイにぎこちない笑顔を作る。
ロイは大して気にしていないのか「ふーん。ま、別にいいが」と言って、また窓の外に視線を戻した。
その整った横顔に、イアンは胸が締め付けられる。五日前に
(やっぱり、おかしい……)
イアンは膝上に乗せた右手の甲を見ながら、
あのときから片鱗はあった。手の甲にキスをする、ロイの大人びた表情。それから不可視だったロイの一面に、気づいてしまった。
「イアン」と呼ぶ低い声。「お前は魅力的だ」と優しく撫でる大きな手。イアンの知っているロイは、もっと子供だった。横暴でわがまま。けれど自分には懐いているところもあって。可愛い弟だと思っていたのに。
いつ成長したのだろう。一人の大人として、頼れる人間に。
「ねぇロイさ」
「ん? なんだ?」
「抑制剤ちゃんと飲んでるよね?」
「え、毎日三回飲んでるが……もしかして匂うか!?」
「い、いや、大丈夫……匂いはしないから……」
せめてもの可能性は、ロイに否定された。
(ならどうして、こんなにも……心臓がうるさいんだ……)
五日前から、ロイの顔はまともに見ていない。正確には見られなかった。見ると鼓動が変な音をたて始めるから。
「おい、体調悪いのか? 顔が赤いぞ?」
ロイが心配そうに、イアンを見つめる。言われてから、イアンは頬が熱くなっているのに気づいた。
「ち、違うよ。そういうわけじゃ……」
じろじろ見られたくなくて、どうしようか焦ったとき。ガタッと馬車が停止した。
「なんだ?」
窓の外を見ると、馬車は宮廷の正門で門兵に引っかかったようだ。ロイの乗る馬車は、王室専用車のため、普段なら軽く確認する程度で済む。なのにわざわざ引き止められたとすると……イアンは嫌な予感がした。
「ロイ様。ノア様から騎士団本部へ来るようにとのご命令だそうです」
馬車の連絡窓から、御者がことの事情を教えてくれる。
瞬く間にロイの顔がげんなりした。
「くそっ。どうせ行かないとここを通してくれないんだろう?」
「ええ、そのようですね」
「わかった。騎士団本部へ向かってくれ」
御者はロイの言葉を聞いて、いつもとは違う方面に動き始める。
「なんだろうね……急に」
「さぁな。ま、最悪な日には変わりはない」
イアンもロイも、顔に緊張が走る。ノアが呼び出すなんて、何もないわけがない。馬車の外に見え始めた豪奢な建物を見ながら、二人同時にため息をついた。
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