第19話

 「あ、ありがとう。多分、もう大丈夫……」

 「そ、そうか……」

 イアンはだいぶ気まずかった。それもそのはず。二十三歳のいい大人が、泣いてあやされたなんて、気まずさの塊だ。ロイも勢いだったとはいえ、かなり恥ずかしいことを言った自覚があるようだった。

 しかしずっとこうしているわけにもいかない。ロイも覚悟を決めたのか、イアンから体を離そうとしたとき、ひゅうっと強めの風がボートを揺らした。

 「わっあ!」

 「おっ!」

 不安定なボートの上で、ロイが体勢を崩す。前から迫ってくるロイに、イアンは目をつぶったが……痛みを伴う衝撃は来なかった。

 「あ、あれ……?」

 おそるおそる目を開けると、赤く輝く虹彩が近距離でぶつかる。

 時を同じくして、ぱっと花が咲くように、心臓が脈打った。

 「わぁあ!!」

 「ちょ、お、おい! 暴れるな!」

 揺れるボートに体はぴたっと動きを止める。けれど鼓動はばくばくと跳ねたまま。正常な心拍は一向に帰ってこない。

 「はぁ……お前、絶対動くなよ」

 吐息が当たりそうな唇。イアンの後頭部を支えるしっかりした手。極め付けはシャツから覗く鎖骨。どれもこれもイアンの顔を熱くさせる。

 おかしい、おかしい、おかしい。

 十年そばにいたのだ。ロイを見ても、こんな気持ちにはならないはず。それをいまさら一人の男性としてなんて——

 「いま離れるから……」

 囁かれる声にどくっと鼓動がはねる。落ち着いた低い音が、無性にどきどきさせられて仕方ない。

 「な、なんで……」

 イアンは顔を手でおおう。赤くなっているであろう自分の頬が、満月に照らされませんようにと、願いを込めて。

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