第24話 第一夜/時間の問題
「……これでお互い、顔は通したわね。言った通り、あなた方の邪魔をする気はないわ。お互い干渉しないようにしましょう」
まるで会話すること自体を避けるように、早口に言って顔を背けるヴィバリー。
気持ちはわかる。初対面のおっさんというだけでも不審だが、こいつらはあまりに得体が知れない。100年前の調査団がいるということは、どう考えても魔術師の仕業だ。おっさんたちに過去から呼び出された(?)自覚があるのかないのか……下手に近づくと、俺たちまで妙な魔術に巻き込まれそうだ。あるいはもう手遅れかもしれないが。
「待ちなさい、あんた方。事情は知らないけど、あんまりうろつかない方がいいよ。火から離れん方がいい……危ないよ」
火のそばでうずくまっていた白ヒゲの老人が、諭すように言った。この爺さんが、おっさんの言った学者だろうか。それにしても、ヒゲ度の高いパーティだ。なんだかんだで俺は(ハーレム的な意味で)恵まれてるってことを実感する。
「ご忠告ありがたいけど、うちはおたくらと違って戦いは慣れてる」
力量をナメられたと思ったのか、少し煽り口調で答えるアンナ。団長のおっさんは、余裕ありげにけらけら笑った。
「見りゃぁわかるサ、そんなこたァ。でもよ、相手は竜だぜ。すばしっこい竜が森じゅう駆け回ってやがるんだィ。俺たちゃそいつのせいで夜じゅう足止めをくっちまって……『赤』はあいつの腹ン中だ」
仲間の死をさらっと口にするのを聞いて、ぎょっとする俺。言われてみれば、ここにいるのは四人。研究者の爺さんを除けば、騎士は三人だ。一人欠けている。
おっさんは酒の入った木杯を焚き火に向けて掲げた。
「ふとっちょボリスに乾杯!」
「……乾杯」「……ボリスに」
口々に言って、団長にならう騎士たち。汗臭い連中だ。体育会系のノリというか……見た感じ、悪人じゃなさそうだが。
よく見ると、男たちは色付き兜の代わりにハチマキみたいな布を頭に巻いているようだ。ヒゲのおっさんは当然、白。片目に包帯巻いた細身の剣呑な男が、青。やや若い気弱そうな男が、黒。不在の赤騎士が、「ふとっちょボリス」なんだろう。ふとっちょでよく隠密活動できたな。いや、まあそれは俺の偏見か。
「……邪魔しないように、失礼するわ。行くわよ、アンナ」
砂塵騎士団の忠告を聞き流して、ヴィバリーはさっさと背を向けて歩き出した。おっさんたちはあえて引き止める気もないらしく、何も言わず肩をすくめた。
ヴィバリーの背中を追って歩き出す途中、背後でぽつぽつ語り合うおっさんたちの会話が聞こえた。
「ああ……私は不用意だったよ。我々みんなそうだ。去りしと言えどかのアウラの居城を荒らすべきではなかった。とんだ思い上がりだよ。イクシビエドさえ知ろうとせなんだものを、どうして定命の身で知り得ると思ったのか……眠りについたこの森を、起こすべきではなかった……」
「そう辛気臭くなンなよ、爺さん。もう調査は引き上げるって決めたじゃねェか。あとは夜明けの鳥を待って、森から出ればいい……そうだ、夜さえ明けりゃ、なんもかんも平穏無事に終わるんだ……夜さえ……」
男たちの陰気な声は、やがて木々に遮られて聞こえなくなった。
「で、あいつらなんなのさ?」
砂塵騎士団の焚き火の光がすっかり見えなくなった頃、アンナがヴィバリーに尋ねた。そういえば、俺以外は調査団のこともまだ聞いていないんだったか。
「……トーゴには少し話したけど。100年前に、護法騎士団がこの森に調査団を送ったの。でも、彼らは二度と戻らなかった……それがさっき会った、砂塵騎士団よ」
「ん? あー……つまり?」
「つまりも何も、現時点ではそれだけよ。彼らが時間を越えてきたのか、私たちが100年前に送り込まれたのか。それとも、この森自体がおかしいのか……もっと調べないといけない。でも、さっきの連中とも関わるわけにはいかないし……」
ヴィバリーは珍しく焦った様子で唇を噛む。アンナも苦みばしった顔をして、担いだ大鎚を無意識にか体の近くに抱き寄せる。
「げっ、時間系か……なるほど。あんたがぐにゃぐにゃしてる気持ちがわかったよ、ユージーン」
アンナの大きな左手で頭を撫でられて、揺すられるままに左右に揺れつつ、むーんと変な声を出すユージーン。
「そんなに危険なのか? 時間系って……」
漫画アニメじゃ確かに強能力っぽい感じはするが、いまいち実感のわかない俺はヴィバリーに尋ねる。
「危険というより、とにかく厄介なのよ。及ぼす影響が大きいし、予測ができない。さっきの砂塵騎士団みたいに、別の時代に飛ばされて死ぬまで戻れなかった騎士団もいるわ。あるべきでない時間にあるべきでないものを送り込んで、大陸の歴史が書き換わってしまったこともある。書き換わったことにさえ、イクシビエド以外は気がつかなかった」
たしかに、タイムトラベルの恐ろしさってネタはSFでもありがちだ。パラドックスとか、歴史改変とか。
「……実戦について言えば、術者の数が少ないわりには魔術の性質に一貫性がなくて、対策が立てづらいのが問題ね。騎士にとって、一番相手をしたくない種類なのは確か」
話しているうちに少し落ち着いたのか、ふーっと深呼吸するヴィバリー。
「まぁ、これぐらいは覚悟の上よ。とにかく、もう少し進んでみましょう。術の正体を知らなければいけない。何が狙いなのか、どうすれば破れるか。術者は誰なのか……フユコの仲間か、フユコ自身か。あるいは
ヴィバリーは年寄りじみた仕草で眉根を押さえて、首を横に振る。森に入る前にこぼしていた不安が、見事に的中しつつあるわけだ。つくづく苦労人だな。
「もし……俺らが100年前の世界に飛ばされたんだとしたら、どうするんだ?」
聞かない方がいいとは思いつつ、俺も不安を自分の胸にだけしまっておくのが怖くて、ぽろっと口に出してしまう。知らない世界に飛ばされて、一生戻ってこれないなんて恐ろしすぎる……いや、待て。それって今の俺の境遇そのものじゃないか。そう考えると、意外と適応できるのかもしれなくもないか。
などと考えていると、俺よりもさらに能天気な奴がけらけら笑いだした。
「そん時ゃ、100年前のイクシビエドに報酬もらえばいーんじゃない?」
そういう問題か……? まあ確かに、あいつならなんでもお見通しかもしれないが。
「……あなたと話してると、深刻に考えるのがバカらしくなるわね」
あきれた声で言うヴィバリー。だがアンナのバカっぽい発言のおかげで、眉間のシワはなくなったようだ。
「お誉めいただいてどうも。とりあえず考えるのはあんたに任せて、あたしは竜狩りの準備でもしとこうかな」
そう言って、アンナは妙にウキウキした様子で大鎚についた土埃を払い始めた。砂塵騎士団のおっさんが言ってた竜の話……本当なんだろうか。
「狩ったことあるって言ってたよな、そういえば」
「ああ、若い頃にね。いや、今も若いけど。まだ小娘だった頃……まあ、今も小娘っちゃ小娘だけど」
一人で言い訳じみたことを言いながら、アンナは遠い目をした。さすがに小娘は無理があると思うが、まあ何も言うまい。
「魔獣狩りの連中と一緒に北部を回ってた頃……小屋一軒ぐらいの中型を一頭狩ったんだ。集団でやったから、あたしはせいぜい足一本折ったぐらいだけど。今ならどこまで一人でやれるか、いい腕試しになりそう」
うずうずした様子で大鎚を振り回すアンナに、ヴィバリーが冷たい声で水を差す。
「どうかしらね。彼らの話を信用していいものかどうか……本当に竜がいるとしても、そんなに大きいものじゃないわよ。木の上からは何も見えなかったし、確か『すばしっこい』相手だと言っていたでしょう。せいぜい人間ぐらい……」
急にふっと言葉を切って、ヴィバリーは森の奥に視線を向けた。
「……な、何か見えたのか?」
怯える俺に、くすっと笑うヴィバリー。
「いいえ、別に。ただ、やっぱり油断はしない方がいいわね。100年前の騎士団がいるなら、どんなことでも起こり得るのかもしれない……この森の中では」
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