エピローグ 律の実力と茜の狙い③
「カンニングとか不正行為はやめてよ。庇いきれないからね」
「やるわけないでしょ。俺が真っ当にテストを受けて赤点を回避するとは、微塵も思っていないところが失礼すぎる」
「だってねぇ……」
無理に決まってるもん。と思いながら茜はドアを開け、言葉を続けようとしたがやめた。
なぜなら、部屋の前の廊下で菜緒が立っていたからである。
「あれ? お前何でいんの? もしかして、俺と一緒に来た時からずっと待ってた?」
茜が疑問に感じたことを、律がそのまま代弁してくれた。
「はい、槙島先生にも謝罪をしたかったので」
菜緒は律にそう答えてから、茜へと視線を変えた。
「先生。ご迷惑をおかけして本当に申し訳ございませんでした。私がやったことは許されることではありませんので、罪を認め自分としっかり向き合って生きていきたいと思います」
菜緒は深々と頭を下げた。
その後、姿勢を戻した菜緒は憑き物が落ちた顔になっており、律が言った通り完璧に改心していると茜は判断した。
「来栖さんに関しては律君に一任していたから、担任教師なのに私は何もしてないけどね。でも、いい顔になったわね。もう絶対にダメだよ」
「はい!」
菜緒は真摯な態度で返事をしてきた。
「それでは、また何かあったら連絡をください」
律がそう言い会釈をすると、茜は頷いた。
「あ……菓子とイチゴオレを買いたいから、購買部に寄っていい?」
律は二、三歩進んだが、足を止め菜緒に言った。
「飲み物とお菓子は私が常備しているので大丈夫です。それに、手作りのお菓子も持ってきました。いちご大福とか好きですよね?」
「いや、わかってないな。俺はいちごミルクが好きだしあんこも好きだが、いちご自体は酸っぱいから好きじゃない。いちご大福って、いちごそのものが入ってるじゃん」
「だろうなと思って、いちごの代わりにいちごのクリームを入れています」
菜緒はしたり顔で律に言った。
「菜緒……わかってるじゃん」
律が目を見開きそう言うと、
「フフッ。じゃ、部室に行きましょう」
菜緒は薄く笑い、頬を赤らめていた。
……ん? んー?
二人の言動を眺めていた最中疑問を感じたが、茜は直ぐに察した。
というのも、明らかに菜緒の顔が違った。自分に対して、一部の生徒が向けてくるような顔になっていたからである。
そう、菜緒は恋する乙女の顔になっていたのだ。
はー、そういうことね。律に問題を解決してもらって、惚れちゃったのか。だから、側にいたいし、見て触ってもらいたいと。律が菜緒を変態にしてしまったと嘆いていたが、単純に菜緒から迫られていただけだったのかと茜は理解した。
だが、ここで茜に更なる疑問が浮上する。
律のことだ。
律は本音が読める。菜緒が律の側にいたいのは認められたいからだと言っていたし、菜緒からの好意は認識しているはずだ。にも関わらず、律は菜緒の変化を間違えたのかもと言い、惚れられているという意識は全くなかった。
『冗談はやめてくださいよ。女子は笑いながら嘘をつく子が多いので、昔から苦手です』
ふと、茜は入試面接中に律が言ったことを思い出した。
もしかして、好意そのもの自体はわかるが、今まで異性から恋愛感情を向けられたことがなかったので、ただの好意と恋愛感情がこもった好意との区別ができないのか?
……あり得る……全然あり得るよ。
茜は導き出した仮説におのずと何度も頷いた。
真意解読、絶対記憶、対人に関して最強の力を持った律だったが、意外な弱点があった。だが、能力的には問題はないし、自分に不都合があるわけでもない。何か面白くなりそうだから黙ってよ。と、茜はほくそ笑んだ。
茜は部屋へ戻って元の位置に座ると、ノートパソコンの操作を始める。パスワードを入力して特定のファイルを開くと、聖穏会のメンバーや聖穏学園の教師が一覧となっているものが表示された。
これは、茜が独自にまとめた悪事をしている奴らの名簿である。
有馬昇は不倫だけでなく、前々から特定の生徒にえこひいきをしたりイジメを傍観したりと、教師として疑問視されていた人物である。
だが、聖穏会理事の来栖亜里沙がいたから排除できなかった。ようやく消せる、と茜は有馬昇の欄を黒く塗り潰した。
そして、黒幕だった来栖亜里沙。多額の寄付に物を言わせ、三年前から理事になった。茜の祖父である副理事長とは反する派閥の人間。自己顕示欲の塊で、有馬を庇護したり聖穏会や学園の行事を改悪したりと、好き勝手にやってくれた邪魔者。
今回の狙いだった、と茜は来栖亜里沙の欄を黒く塗り潰した。
茜は背を預けると、大きく一つ息を吐いた。
それにしても、律の働きは想像以上だった。本命の来栖亜里沙だけでなく有馬昇も排除できたし、仮面優等生だった菜緒も改心させ惚れさせた。しかも、かなりの短期間で終わらせたことも素晴らしい。
特殊な力だけでなく、高校一年生にしては精神面が成熟しており、倫理観のブレはなく正義心も強い。任務遂行人として言うことは何もない。頼もしい味方である。
茜は前のめりになって画面を凝視し、不敵な笑みを浮かべた。
「さてと……次は誰にしよっかなぁ」
Motive Chaser ~ヒロインは全員悪女なので恋愛対象外です~ 宗治 芳征 @naichisa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。Motive Chaser ~ヒロインは全員悪女なので恋愛対象外です~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます