エピローグ 律の実力と茜の狙い②


 現在の戸塚駅構内や周辺は大分発展してきたが、茜が高校生だった頃は駅ビルくらいしか目ぼしい建物がなく、バスターミナルも駅から少し外れていた。


 十年前がそうだったのだから、聖穏学園創設時の戸塚はもっと閑散としていたはずである。


 山手の女学院と対抗するために差別化を図ることは必須なわけで、中高一貫校ではなく小中高の一貫校にしたことや、広大な敷地を利用して様々な施設を作ったこと、部活動にかなり力を入れていることなどは評価できるが、それには莫大な費用が生じたはずだ。


 お金が絡むとなれば、綺麗事だけで済むわけがない。


「その代償が聖穏会ってことですか?」

 律に言われ、物思いに耽っていた茜は我に返った。


 そうだった……律は本音を読めるんだったと思い、

「そういうことよ、説明の手間が省けたわ」

 茜は自嘲的な笑みを浮かべた。


「私の祖父が聖穏会理事になったのが、私が中学三年生の頃だった。私は山手の女学院からここに高等部から編入し、実態を知った。私も在学中は色々頑張ってみたけど、大した成果はあげられなかった。だから、私は教師になって戻ってきたのよ。しかも、祖父が去年副理事長になったし、君が入ってきた。ようやく、浄化への準備が整ったわ」

 説明し終えると、茜は律を見つめて口角を上げた。


「これからも働かせる気満々じゃないですか。全く……しょうがないなぁ」

 律は頭をかいて面倒だなという素振りを見せたものの、文句を言わずに受け入れた。


「イジメの解決を依頼した時にはもうやらないって言っていたのに、やけに素直ね?」

 正直意外だったので、茜は目をぱちくりして聞き返した。


「茜先生は悪人じゃないし、筋が通っていますからね。それに、俺の力で誰かを救える、良いことに繋がるのであれば反対はしません」

 律はそう言い切り、微笑んだ。


「ありがと、律君」

 茜も微笑を浮かべ、そっと言葉をかけた。互いに認め合って場が和みかけたが、

「ただし、それ相応の対価はいただきますからね」

 律がキッと茜を睨んできた。


「わかってる。私の処女もあげるし、いくらでも性欲をぶつけてきても構わないわ。でも、教師と生徒だから卒業するまで待ってね」

 茜が笑顔でうんうんと頷きながら言ったが、

「要らない! 全然要らない! 金ですよ! 金! お、か、ね!」

 律は右手で丸を作り猛抗議をしてきた。


「またまたぁ! 遠慮しなくていいぞ」


「してませんよ……ったく菜緒といい……何なんだよ」

 茜がからかうと、律は萎えた様子で呟いた。


「来栖さんがどうかしたの?」

 茜は眉をピクッと動かした。


「まだ面倒を見て欲しいって言ってきたんです」


「え……あれ? だって改心したって言っていたよね? 何で?」

 思いもよらぬ言葉に、茜は戸惑った。


 律がどのようなことをしていたのかは知らないが、更生期間中の菜緒は見るからに憔悴していた。それが、打って変わって自ら進んで継続を望むとはどういう心境の変化なのだろうか。と茜が考えていると、律が口を開いた。


「何か、俺に認められたいみたいです。にしても、セクハラをされたがっていることが理解できません」


「は? セクハラしてたの?」


「茜先生がセクハラをしろって言ったんじゃないですか」


「……してもいいとは言ったけどさぁ」

 本当にやるとはおもわなかったわ。と、茜は苦笑した。


「まぁ、俺も下半身丸出しにされて触られたんでね。お返しだと思ってパンツを見たり、胸を触ったりしたんです。そしたら思いの外嫌悪感を出したので、これは服従に使えるなと思って毎日一回ずつやっていたんです。でも他意はなくて、完全に作業感覚ですよ」

 そう、平坦な口調で述べた律は、茜から見ても邪な感情や何かを隠してる様子は一切なかった。


 そもそも、律は茜に命令されて渋々菜緒の更生役を引き受けたのだ。律はもうやりたくないし、菜緒だってやられたくないはずだ。


「それで、来栖さんはまだ面倒を見てもらいたくて、悪戯されたいってこと? 改心させたはいいけど、一体どうしちゃったのよ?」

 茜は思考を巡らせたが意味がわからず、律に疑問を全部ぶつけた。


「俺が聞きたいですよ。昼休みには自分からパンツを見せようとしてきたし、間違って変態にしちゃったんですかね?」

 律はそう答えて頭を抱えた。


 自分からパンツを見せようとした? 品行方正の菜緒が?

 と、茜は律の言動に面を食らい、棒付きの飴が口から落ちかけた。茜は慌てて口の中に戻すと、深く息を吐いた。


「来栖さんをおかしくしたのであれば、それは律君のせいなんだから最後まで責任を持って面倒見てよ」


「……ですよね」

 茜に言い切られた律は、ガックリとうなだれた。暫しその状態が続いたが、律は溜め息を吐くと顔を上げてそのまま立ち上がった。


「じゃ、そろそろ行きます。中間テストに向けてしっかり勉強しないといけませんし」

 覇気のない顔で律は言い、部屋を出ようと歩き始めた。茜は律についていき、部屋のドアノブに手を伸ばした。


「偉いわね。でも律君は絶対に赤点でしょ? 補習で何とかカバーできるようにしておくわ」


 茜がそう言うと、

「赤点は取りませんよ。秘密兵器がありますので」

 律は意味深な顔で返してきた。

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