エピローグ 律の実力と茜の狙い①
昼休みが終わる間近、律から全てが終わったと報告がきたので、茜は放課後に律を呼び出し自分のカウンセリング部屋で話を聞いていた。
有馬昇と来栖亜里沙の不倫、その内容や結末については彩夏から聞いていたので不要だと言い、律からは主に菜緒のことを話してもらった。
菜緒は元々母親である来栖亜里沙の傀儡であり、有馬昇に好意を抱かれたことで来栖亜里沙に嫉妬された。来栖亜里沙から理不尽な態度を取られ続けたことが、事態を悪化させた。これが菜緒を追い込んだ原因であり、イジメで発散するに至ったと律は述べた。
しかし、菜緒の両親は離婚して来栖亜里沙は家を出ていった。菜緒は改心して父親とも和解し、これからは上手くやっていけそうだと律は嬉しそうな顔で説明してくれた。
「ご苦労様。本当に大変だったみたいね」
茜は聞き終わると笑みを浮かべ、労いの言葉をかけた。
「菜緒の母ちゃんが包丁を持ってきた時には、恐怖で足が震えましたよ」
律はそう言って苦笑した。
「彩夏にめちゃくちゃ怒られたわ。ごめんね」
茜は痛ましい面持ちで少し頭を下げた。実際、彩夏からは物凄い剣幕で叱られまくった。
「俺も、彩夏さんにあれだけ怒られたの初めてですよ。まぁ、それだけ彩夏さんが心配してくれていたんだと、申し訳なさと嬉しさが入りまじった感覚でしたけどね」
律は表情を緩めた。心なしか、茜には反省より喜びが勝っているように見受けられた。
律は幼い頃から人の本音が読めた。だから友人はおらず、信頼できる大人も極僅かのはず。親身になってくれる彩夏がありがたいのだろうな、と茜は推察した。
また、彩夏も大学生時代からの付き合いだが、大学生の頃は一人でいることが多くて冷徹というか、あまり感情を出すことはなかった。そんな彩夏が激昂したわけだから、如何に律が大切なのかを茜は身に染みてわかった。
「彩夏はお姉ちゃんみたいな感じなの?」
茜は棒付きの飴の袋を破り、口に入れた。
「そんな感じですね。向坂さんは親戚のおじさん、彩夏さんは姉さん。小学生の時に波多野さん……恩人から紹介してもらって、付き合いが長いので」
「りっちゃんは彩夏の弟なわけだ?」
茜がニヤリとして言うと、
「りっちゃんって言うの、やめてください。彩夏さん以外に言われるとぞわってします」
律は明らかな嫌そうな顔をした。
「いいじゃん。彩夏がりっちゃんって呼んでいるんだから、私もそう呼ばせてよ」
「茜先生と俺は教師と生徒でしょ、やめてくださいよ。絶対に嫌です」
茜の主張に対し、律はしかめっ面で首を振った。
彩夏だけズルいな、私だってちゃん付けで呼んでもいいじゃん。と思い、茜は棒付きの飴を口の中で転がした。
「なぜ張り合うのかが……わからん」
律はそう言い溜め息を吐いて俯く。しかし、顔を上げ直すと表情は戻っており、おもむろに喋り始める。
「あの、有馬はどうなるんですか? お話した通り、有馬は菜緒に好意を抱いており、菜緒もそれを知ってしまいました。あまり会わせないようにして欲しいんですけど」
「あー、それなら平気。有馬昇の解雇が今日決まったから」
「え? 辞めさせるんですか? 不倫はいけないことですが、プライベートなことなので仕事とは関係ないと思っていましたよ」
足を組みかえ淡白に答える茜に対し、律は驚いていた。
「今回のケースだとバリバリ関係あるのよ。聖穏会理事の一人である来栖亜里沙との不倫。平日の真昼間に相手の家に行くなんて、普通じゃできないわよ。すなわちこれは、有馬が来栖亜里沙を悪用し、自分のやりやすい環境を用意することができていた証拠に他ならない。聖穏会としては完全に面子を潰された格好になったから、即決だったわよ」
茜は説明の最後に鼻を鳴らした。
「菜緒からも少し聞きましたが、聖穏会ってそもそも何ですか? ただの保護者会だと思っていたんですけど、そんな権力があるんですか?」
そう言って顔をしかめる律に、茜は大きく息を吐いた。
「それが、残念ながらあるのよ。聖穏会は、聖穏学園の伏魔殿ね」
「……伏魔殿?」
律は思いっきり眉間にしわを寄せた。
「言葉そのままの意味よ。悪魔がひそむ場所ってこと」
茜が真顔で言い放つと、
「えー。何でそんな場所がある……というかできたんですか?」
律は渋い顔になった。
茜は律の言葉に答えず上を向いていたが、正直に話してもこの子なら大丈夫かと思い、律を見据えた。
「律君は山手の女学院は知ってる?」
「……はい。県内の女子の一貫校といえば、そことウチですからね」
唐突だったからか、律の反応は若干鈍かったが頷いた。茜は一呼吸置き、再び口を開く。
「そう言われるようになったけど、ここに至るまでには尋常ではない力が動いていた……良くも悪くもね。山手の女学院は歴史も長く、立地は横浜市中心の高級住宅街の中にある。一方こっちは歴史が浅く、戸塚という横浜市の外れで辺鄙な場所。強力なブランドと争うには、なりふり構ってはいられなかったんでしょう」
茜は嘆息し、目線を下げた。
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