ミッションコンプリート?


「父ちゃん関係ないじゃん。何で一緒にいたいわけ?」


「……あ……えっと……」

 律に真意を言われると、菜緒は言葉を詰まらせ赤面した。


「俺にこき使われるだけだぞ? 散々嫌がってたじゃねぇか」

 溜め息まじりに律が言うと、

「嫌じゃありません! こき使ってください!」

 菜緒は赤面したまま強く言い返してきた。


「……ドMか?」

 律は眉を中央に寄せた。


「違いますよ! 律さんに、認められたいんです」

 菜緒は大声で否定した後、少し俯きながら言った。


「斉藤達とは違う。イジメをしていた奴のことを俺は認めないと思うよ」

 菜緒が本心を述べたと律にはわかり、諭すように言った。


 しかし、菜緒の決意に満ちた顔つきが変わることはなく、

「であればこそです! 思っていただけるまでこき使ってください!」

 と声を張り上げて頭を下げた。


 やっぱりドMじゃん。と律は観念し、

「まぁ、お前がそれでいいって言うならいいよ。後悔しても知らねぇからな」

 そう言って食事を再開した。


「ありがとうございます! では、私もお昼をご一緒してもよろしいですか?」

 律の答えに菜緒は破顔し、自分の弁当箱も取り出した。


「好きにしてくれ」

 律は素っ気なく返事をし、卵焼き美味いなぁと思っていた。


「あ……あの……そういえば、今日は恒例のやつをやっていませんよね?」


「恒例のやつ?」

 律が箸を止め聞き返すと、菜緒はまたしても顔が紅潮していた。


「その……あれですよ。パンツを見て……胸を……触る」

 菜緒が恥ずかしそうに言い、一日一回やっていたセクハラのことかと律は気付いた。


「やられたいのか?」

 気付いたが、やられるのも嫌に決まっているので律は不思議に思った。


「え? いや……そういうわけじゃなくて……やっていたなぁ……と思いまして」

 菜緒はか細い声で返し、目が泳いでいた。

 ——今日はブラとお揃いで白のフリル付きパンツ。早く見て!


「白のフリル付きパンツか。早く見ろって……お前痴女なんか?」

 律がズバッと言うと、菜緒は今まで見たことがないくらい顔全体が朱に染まった。


 何で見せたいのかは知らんが、付き合ってられんと律は思い弁当に箸を伸ばすと、

「いやぁ! でも、今更やらなくなるっていうのも気持ち悪くないですか?」

 菜緒は顔を真っ赤っ赤にして意味不明なことを言いだした。


「ううん、気持ち悪くない。気持ち悪いのは、お前」

 律は咀嚼しながら無表情で首を振った。


「そっか、律さんは食事中で両手が塞がってますもんね。私が自分で見せますよ」


「やめろ。せっかくお前が美味い弁当作ってきたのにまずくなるだろ。汚いものを見せるな」

 立ち上がろうとした菜緒を、瞬時に律が止めた。


 ——汚いものって……そこまで言わなくてもいいじゃない。気合入れてきたのに、何で見てくれないのよ……見て触って欲しいのに……。

 菜緒は座り直し、赤面から泣きそうな表情に変わっていた。


「菜緒、マジで何なの? 何で気合い入れてんの? セクハラされたいわけ?」

 律は大きな溜め息を吐き、菜緒に確認した。


 菜緒は背筋を伸ばし、精神統一するかのように呼吸を繰り返すと、落ち着いた表情に戻り律に真剣な眼差しを向けてきた。


「……してください」


「やらない」

 ぶっちゃけてきた菜緒に、律は間断なく言い切った。


「何でですか!」

 菜緒は悔しそうな顔をして叫んだ。


「そもそも、セクハラの目的は俺への服従。お前は変わった。もう躾ける必要はない」

 律がそう説明すると、なぜか菜緒はニヤッと笑った。


「ですが、躾けって続けることが大切だと思いませんか?」


 ——よし! 躾けならいけるじゃん!


「そうだな。嫌がっていることを躾けるならな。お前、何でかは知らんが喜んでんじゃん」

 律が半目で菜緒に視線を送ると、菜緒の目は逸れていった。


「セクハラはもうしません」

 明言し、律は唐揚げを口に入れ白米もかっこんだ。


 ——どうしよう? どうしたらやってもらえるんだ? 躾けはダメ……となると、逆に良いことをすればいいのか。あ、ご褒美ってことにしてもらおう!

 思い悩んでいた様子の菜緒だったが、キリッとした顔つきに戻った。


「律さん……」


「やらんぞ。ご褒美って何だよ? お前犬か?」

 菜緒が言おうとしていることを先んじて言い、律はまた半目で睨んだ。


「もういいだろ。ほら、飯食う時間がなくなるぞ」

 律は話を切り上げ、菜緒に弁当を食うように勧める。菜緒は律に思っていることが読まれたからか、しゅんとした顔で弁当を食べ始めた。


 槙島教諭からの菜緒を改心させよ、という依頼は遂行できた。


 以前の菜緒はおらず、菜緒は完全に変わった。


 変わったが……この菜緒で良かったのか?

 と、律は一抹の不安を感じた。

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