好きではないが、結構条件が良い
まだ何かあるのか、腹減ってんだけどな、と律は若干イラつきながら振り返ると、菜緒がもじもじしながら頬を赤く染めていた。
「律さんは……私のことをどう思っていますか?」
「どう……とは?」
菜緒の言っている意味がわからず、律は眉間にしわを寄せて聞き返した。
「……好き……とか……嫌い……とか?」
菜緒は口を震わせ、恥ずかしそうに言った。
はぁ? 何言ってんだこいつ?
「何言ってんだお前? 好きなわけないだろ」
思いと言葉を完全に合わせ、律が真顔で言い返した。律に言われた菜緒は一瞬悲しみの表情を見せたが、直ぐに開き直った様子に変わった。
「っでは! 私はまだまだということです。これからもご指導をお願いいたします」
菜緒は声を上げ、仰々しく頭を下げた。
「え? もしかしてマンツーマンのやり取り続ける気? やりたいの?」
律は耳を疑い聞き返すと、
「はい、是非に!」
菜緒は笑顔で即答した。
「えー。面倒くさいし嫌だよ。斉藤達のところに戻れよ」
律は露骨に嫌悪感を出して拒否を示した。菜緒は下唇を噛み悔しさを滲ませたが、無理やり笑顔を作って口を開いた。
「律さん、勉強はどうされるつもりですか? 今週から中間テストが始まりますが、今の学力では確実に全部赤点になりますよ?」
「そこはまぁ……自分で頑張るしかないわな」
「律さんは日頃から真面目に勉強をしていますが、それでも中学一年生レベルがやっとのところ。正直な話、進級、卒業はできないと思います。お母様が悲しみますよ」
菜緒に論破され、律は口を閉じるしかなかった。折角聖穏学園に入って喜んでくれたのに、母親に心配や落胆をさせるのは嫌だな、と律は苦い顔になった。
「そこで、こちらが必要になります」
菜緒は鞄から何枚かの用紙を取り出すと、テーブルの上に置いた。
「何だこれ?」
律は座り直し、菜緒が置いた用紙を見ずに聞いた。
「私がまとめた中間テストの予想問題です。これを暗記するだけでも赤点は免れるはずです」
菜緒が言った。律はすぐさま用紙を手に取り、目を走らせる。確かに菜緒の言葉通り、中間テストの予想問題と解答が記載されているものだった。
「マジかよ……お前凄いな」
「それだけじゃなく、これまで通り勉強もお付き合いします」
律が呟くと、菜緒は更なる好条件を追加した。
律は菜緒を見ずにテスト問題や解答を何度も確認し、覚えが悪い自分にもわかりやすいように配慮されており、良くできていると感心していた。
そんな時だった。
しゃこしゃこしゃこ、という音が聞こえたので律は顔を上げると目を見開いた。
「ってお前、何でクソまず抹茶を作ってんだよ。飲まんぞ!」
菜緒が抹茶を作っていたので、律は声を上げた。
「まずかったら、一万円を払います。飲んでみてください」
菜緒は自信に満ちた顔で言い、抹茶が入った茶碗を律の前に置いた。
「……絶対に払えよ」
律が釘を刺すと、菜緒は大きく頷いた。
またあの草の味かぁ。と顔をしかめながら律は茶碗に口をつけた。
「ま……ずくない? 甘い……美味いなこれ! これが抹茶?」
途端に律の表情が明るくなった。仄かに茶の苦みもあるが、甘いミルク味が中和して絶妙な美味しさだった。
「正確には抹茶ミルクです。生クリームと蜂蜜をまぜて、抹茶の風味を逃がさず甘さを出しています。律さんの好みに合うようにしてみました」
菜緒はそう言って口元を緩めた。
「ほぉ、抹茶ミルクね。いちごミルクに匹敵するの見つけたわ」
「こちらも召し上がってください」
律が抹茶ミルクの味に浸っていると、菜緒は律の前に二段重ねの弁当箱と箸入れを置いた。
「俺の弁当ってこと?」
「はい、私が自作しました。律さんの昼食はいつもパンばかりで、栄養が偏っています。バランスを考えつつ、律さんが食べやすいものを作ってきました」
律が弁当箱を見て聞き返すと、菜緒は姿勢を正して言った。
律は抹茶をミルクを飲み干すと、弁当箱を広げる。弁当箱の一段目は白ごまがかけられた白米で、二段目はおかずだった。おかずは、ハンバーグや唐揚げを筆頭に、卵焼き、煮物、ほうれん草のおひたし、ポテトサラダと種類も豊富だった。
律は箸入れから箸を出し、両手を合わせてから食べ始めた。
「うっまぁあ!」
ハンバーグを一口食べ、律は思わず声を上げる。冷めているのに柔らかくじわっと肉汁が口に広がり、ソースは濃厚なデミグラスソースでハンバーグにピッタリだった。
「律さんが望むなら、毎日お弁当を用意させていただきます」
菜緒は嬉しそうな顔で言い、水筒から緑茶を注ぐと律の前に差し出した。
勉強が苦手な自分に合わせて付き合ってくれる。それに、万全なテスト対策も用意してくれるので、赤点は回避できる。弁当も作ってくれるとなれば昼食代も浮くし、菜緒は料理上手なので美味しいものが食べられる。と、律は菜緒とのマンツーマンを続けるのもアリかなと思い始めていた。
「んー。続けるメリット結構あるなぁ」
唸り声を出した後、律は呟いた。
「続けさせてください!」
「でも、お前にメリットないだろ?」
ハキハキと言う菜緒に、律は緑茶を飲んでから聞き返した。
「……父にも礼を尽くせと言われていますし」
菜緒は、はにかみ小声で言った。
——一緒にいたい。一緒にいたい。一緒にいたい。
だが、律は菜緒の表情から異なる答えを読む。
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