父と娘のやり直し
「菜緒。我が身可愛さ故に、亜里沙から守れず本当にすまなかった。もし、許しをもらえるのであれば、これからは時間を作って菜緒と向き合いたいと思う。やり直させてくれないか?」
宗司は真摯な態度でそう言い、菜緒に頭を下げた。
「……パパのせいじゃないよ……私こそ……ごめんね」
菜緒は大きく首を振り、泣き声まじりの声で答えた。
「良かったですね。おじさん」
律は優しげに言い、宗司は少しだけ頬を緩めた。
「君は、菜緒に酷い仕打ちを受けたにも関わらず、なぜ菜緒のためにやってくれたんだ?」
「まぁ……色々です。それに、菜緒さんも被害者ですからね」
律は照れくさそうに言った。
「本当にありがとう。後日改めて、しっかりと謝罪と礼をさせてくれ」
「礼なんて要りません。僕なんかのことより、今から来る浮気相手や弁護士とのことを気にしてください。菜緒さんは自室にこもってもらい、絶対に聞かせないでくださいね」
宗司の言葉に律は軽く笑い、これからのことを忠告した。
「勿論、そのつもりだ」
力強く頷いた宗司に律は口元を緩め、今度は菜緒に視線を移した。
「菜緒、よく俺を信じてくれた。自分のために言えたし、ちゃんと泣けたな」
律がそう言うと、菜緒は顔を上げ律と目を合わせた。菜緒は目が真っ赤で涙に満ちており、傲慢な態度だった頃の面影はまるでなかった。
律はその姿にクスッと笑い、
「今、変わったよ」
と言った。
「……律さん」
菜緒の両目から涙が溢れ、頬を伝った。
「今度は、間違えないでくださいね」
律は宗司にそう言って、帰り支度を始めた。
「あっ……礼は要りませんが、火傷の治療費はいただきますからね」
リビングを出る間際、律が振り返ってそう言った。二人は目を丸くしていたが、宗司がその顔のまま首を縦に動かすと、律はフッと笑ってから会釈をし来栖家を出た。
律は来栖家を出ると、車内で待機していた向坂と遠山に事の経緯と、自分のやるべきことは終わったと伝えた。しかし、亜里沙が豹変した時点で呼ぶべきで無茶をしすぎだと、主に遠山から怒られまくった。
普段遠山から怒られることはないのでびっくりしたが、それだけ自分を心配してくれていたんだと、律は反省をすると共に嬉しさも感じた。
律はスタンガンを返却し、向坂と遠山に礼を述べると夜道を歩き始める。、律はやり切った高揚感に包まれ夜空を見上げると、綺麗な三日月が目に映った。
何気なしにルーティンで三日月を眺め、手を下ろすと律は一つ息を吐いた。
「波多野さん。俺の力、良いことに使えたよ」
律はそう呟き、薄っすらと笑みを浮かべた。
週明けの月曜日。
律は菜緒からSNSアプリで、詳細を伝えたいので昼休みに部室へ来て欲しい、と連絡をもらっていた。
昼休みになり、律は購買部でパンと飲み物を買おうか迷ったが、イチゴオレが早々売れ残ることはないしパンは何でも良かったので、先に菜緒の要件を済まそうと思い部室に向かった。
「お待ちしていました」
律が部室に入ると、菜緒は凛とした姿で正座をしていた。
「律さんや友人をイジメていたこと、誠に申し訳ございませんでした」
菜緒は両手を前につき、正座の状態から頭を深く下げた。
「いや、謝罪はもういいよ」
土下座もしなくてもいいのにと律は軽く笑ったが、
「にも関わらず、そんな私を救い導いてくださり本当にありがとうございました」
菜緒は姿勢を変えずに言葉を続けた。
「で? 結局どうなったの?」
菜緒とはテーブルを挟んで座り、律は頬杖をついた。
「昨日、両親が離婚し、母が家から出ていきました」
菜緒は顔を上げると、真面目な顔つきで言った。
「……そっか。あの母ちゃん、変わりようがないもんな」
律は後頭部をかきながら、溜め息を吐いた。
「父づてに聞きましたが、有馬先生のところも離婚するそうです。有馬先生からの厭らしい視線は気付いていましたし、不自然に会う機会も多くて変だなとは思っていましたが、まさか自分を好きだとは思っていませんでした。気持ち悪すぎて吐き気と寒気がしますよ」
菜緒は喋り終えると、強烈な不快感を示した。
「勝手に好かれて災難だったな。有馬のことは茜先生に言っておくから」
律がそう言うと、菜緒はまた深々と頭を下げた。
「色々ありましたが私は目が覚めましたし、これからは父ができる限り時間を割いてくれるそうなので、私の家に関してはこれで良かったんだと思っています」
「やり直せて良かったな」
「全て、律さんのお陰です。感謝してもしきれません」
そう言い放った菜緒は嘘偽りのない晴れやかさを見せ、もう以前の菜緒ではなかった。
「じゃ、菜緒は改心したみたいなので俺はもういいかな。後は茜先生に報告しておくわ」
律は立ち上がって帰ろうとした。
その刹那、
「待ってください!」
と菜緒が声を上げた。
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