宗司の本音
「おじさん、手を放して!」
律が叫ぶ。このまま亜里沙にスタンガンを当てると、羽交い絞めをしている宗司にも電気が流れる恐れがあるからだ。
宗司が頷き腕を離した瞬間、律はスタンガンを亜里沙の腹部に当てスイッチ押す。バチィッという音が響き、亜里沙は痙攣すると白目を剥いて床に倒れ込んだ。
「まさか、使うはめになるとは思わなかった」
律は肩で息をしながら言い、恐怖から解放され脱力した。
「亜里沙は……気絶か」
宗司が亜里沙の手首を触り呟く。恐らく、脈をとっているのだと律は思った。
「そうだと思います。殺意で怒り狂っていたところに電撃を受けたので、ショックで気絶したんでしょう。起きたら危険なので、手足を結束バンドで結んでもいいですか?」
律は宗司へ確認をすると、宗司は何度も頷いた。
律は鞄から結束バンドを取り出し、亜里沙の両手を後ろに回してから手首を合わせて付け、そして両足首も合わせてから付けた。その間、菜緒はソファに座って意気消沈としており、宗司は亜里沙が持ってきた包丁を手に取ってリビングを離れたが、律の作業が終わる前には戻ってきた。
「運んだ方がいいですかね?」
「いや、これから話し合いもあるだろうし、そのままで構わない」
亜里沙を拘束し終えた律が聞くと、宗司は首を振った。
宗司がそう言うならいいかと、律は亜里沙をリビングの床で寝かせたままの状態にした。それから律は菜緒の隣に座り直すと、スタンガンやノートパソコン、携帯電話を鞄にしまう。最中、宗司が対面のソファに座り、嘆くような息を吐いた。
「浮気については、さっきも言いましたが別途詳細な話し合いがあります。ですが、一点だけ確認をさせてください。おじさんは、浮気を知っていましたよね?」
帰宅準備を終えた律は、突き刺すような視線を宗司に向けた。
「……ああ。君は本音を読めるんだったな。隠しても仕方がない。その通りだよ」
宗司は自虐的に笑い、言葉を放った。宗司の答えに、菜緒は目を見開き顔を上げた。
「なぜ、問い詰めなかったんです?」
「甲斐性がないからだよ。菜緒をしっかり育ててくれれば、とやかく言うつもりはなかった」
宗司は至って平然と答えたが、表情は沈んでいた。
——学業や仕事ばかりにかまけて、気付けば四十歳を過ぎ、両親に何とか孫の顔を見せようと焦った結果がこれか。いや、金目当てだとわかっていたのに、二十歳も違う亜里沙に惚れた自分のせいだな。
「甲斐性がないのはわかりましたし、ご両親にも早く孫の顔を見せたかった気持ちもわかります。奥さんに惹かれて結婚したのもご自身が決めたことです。文句はありません。ただ……」
「全部わかるんだな。君と話していると懺悔室にいる気分だよ。……菜緒のことだろう?」
律が宗司の意図を汲み述べると、再び宗司は自分を嘲笑って言い返してきた。
「私も幼少の頃から父が多忙で、母や家政婦の方に育てられたようなものだった。端的に言うと、父親は金を稼ぎ母親が子育てをするものだと安易に思っていた」
宗司は語り始めたが、ここで一拍置いた。
「しかし、私の目から見ても亜里沙の教育方針は異常だった。だから、何度か私も亜里沙と話し合ったことがあった。でも、今の子はこうしないとダメだ、周りの親もそうしている、私の感覚が古いのだと罵られ、もう菜緒に関しては口出しや邪魔をするなと言われた」
「それで、納得されたんですか?」
宗司の言い訳に、律の鋭い眼差しは変わらなかった。
「……納得か。結局、納得したんだろうな。歯向かえば亜里沙は私から離れる。無論、亜里沙への愛があったからだが、それよりも菜緒に母親がいなくなると思うとできなかった」
宗司は言葉通り悔いるような表情を浮かべた。
「失礼を承知で言いますが、僕だけでなく娘の菜緒さんにまで刃を向けた。これはもう母親ではありませんよ」
律が厳しい口調で言うと、宗司は真剣な顔つきになり頷いた。
「わかっている。君には大変怖いを思いをさせてしまったし、菜緒にもそうだ。君の言う通り亜里沙は母親としてだけじゃなく、人としても失格だ。そんなこともわからず、母親がいた方が良かったと決め付けていた私も、同じく失格だがな」
そう言って頭を垂れた宗司。後悔の念に苛まれていることがわかり、律は表情を和らげた。
「おじさんが言いたいこと、凄くわかります。でも、ウチも小さい頃に父を亡くし、母は左手が麻痺している状態ですが、愛情をもって接してくれています。菜緒さんに必要なのは、両親が揃っていることじゃなくて、愛情なんだと思いますよ」
「そうだな。子供に言われて気付くなんて……私は本当に情けない奴だな」
律に言葉をかけられた宗司は、目を両手で覆って鼻をすすった。
「気付いたんですから、いいじゃないですか。今からでも遅くはありません、おじさんと菜緒さんはやり直しましょう」
律が微笑むと、宗司は目元を拭い深呼吸をした。そして、菜緒に目線を向け姿勢を正す。
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