対照的な夫婦
リビングに入ってきたのは菜緒を含めて三人だった。
その一人である亜里沙は、灰色のハイネックのニットにカーキー色のパンツという服装で、金色のイヤリングやネックレスもしており、ジャケットも着れば直ぐにでもディナーに行けそうな格好だと律は思った。
一方で、もう一人である初老の男性は背が律よりも少し低く眼鏡をかけており、頭の側頭部が白髪で顔は写真通り地味だった。ワイシャツの上に緑色のベストでチノパンという服装だし、格好も亜里沙とはまるで異なる。菜緒の父である宗司だとわかったが、あまりにも非対称的な夫妻の姿に律は若干戸惑った。
「お忙しいところ、大変恐縮です」
律は気を取り直し、立ち上がってお辞儀をした。
「今日は何かの話し合いだと聞いていたが、君のことかな?」
眼鏡のブリッジを中指で上げて位置を直すと、宗司はそう言った。
「私はこの子と話をすることなんかないわ。関係ないでしょ?」
亜里沙は律の存在を視認すると、蔑視の眼差しを向けてきた。
「おじさん、本題は後です。僕は菜緒さんのためにきました。それからおばさん、娘さんのことが関係ないとはいかがなものでしょうか?」
律は穏やかな表情で述べ、来栖夫妻をソファに座るよう促した。
宗司は律と対面に位置する三人掛け用のソファに座り、亜里沙は律から見て左横の三人掛け用ソファ、菜緒は律が隣へくるよう合図をしたので律の右隣りに座った。
「さっさと済ませて」
亜里沙は腕組みをし、足を組むと律を睨んできた。
「では手短に済ませますので、結論から言います。菜緒さんは中等部の頃からイジメをしていました。イジメた人数は全部で七名で、女子が六名、男子が一名。その男子一名が僕です」
律が説明を始めると、宗司と亜里沙は固まり絶句していた。
「女子へのイジメは無視が主だったそうですが、僕の場合は結構なものだったので、この映像をご覧ください」
律はパソコンで菜緒にイジメられていた時の映像を再生すると、宗司と亜里沙に見えるようにパソコンをずらした。
映像内容自体は槙島教諭に見せたものとほぼ同じだが、特に酷かった罵詈雑言や犬食い、タバコを押しつけるところ、陰部を露出された場面も新たに加え抜粋編集し、向坂が五分にまとめてくれたものだった。
夫妻は何も言葉を発さず映像を凝視し、菜緒は罰が悪そうに俯いて震えていた。映像が終わったので、律はパソコンの位置を戻して立ち上がった。
「ちなみに、これがタバコを押しつけられた火傷の跡です。治療しておかないで良かったです」
律は腹部の火傷跡を夫妻に見せた。
律は座り直し、夫妻の反応をうかがう。宗司は顔面蒼白で言葉にならない様子であったが、亜里沙は顔が真っ赤になっており憤怒の表情であった。この夫婦は反応も正反対だなと律が思っている最中、それは始まった。
「菜緒……あんた何やってんのよ!」
亜里沙は立ち上がり、強烈な怒号を菜緒に浴びせた。
——この私に恥をかかせやがって! クソ娘が!
「ごめ……」
「謝らなくていい」
菜緒が謝ろうとした瞬間、律が止めた。
「あんたに娘を叱る資格はない。娘のことより、自分が恥をかくことが嫌なだけじゃねぇか」
律がそう言うと、亜里沙は驚いているような顔になった。
「何と言ったらいいのか……とにかく本当に申し訳ない。私にできることであれば、何でも言って欲しい。菜緒が、君を傷つけてしまいすまなかった」
宗司は悄然とした様子で言い、律に頭を下げた。
「で? お金を出せばいいわけ? いくら欲しいの?」
ドカッと勢い良く座り直すと、亜里沙は太々しい態度で言った。
「フッ……フフッ……アハハハハハッ! お前の母ちゃん、謝罪もせずに金で解決しようとしてきたぞ」
律は思わず笑い声を上げ、菜緒に言う。菜緒は、悔しさと寂しさを含ませるような顔をして口を結んだ。
「亜里沙!」
「私のせいじゃないでしょ? 悪いのは菜緒よ」
宗司の一喝にも、亜里沙は髪をかき上げ我関せずであった。
「いや、あんたのせいだよ。正確には両親二人のせいだが、あんたが九でおじさんが一の割合で悪い。だから、菜緒のせいじゃない。子供は親を選べないからな」
律は亜里沙を鋭い視線で刺し、きっぱりと言った。
「随分な口の利き方ね。今時の子供は、大人に敬語も使えないのかしら?」
「悪いが、クズに敬語を使うつもりはない」
「……何ですって?」
律があっさり返すと、亜里沙は鬼のような形相になった。
「菜緒さんは確かにイジメをしていました。だが、何で菜緒さんはしたんでしょうか?」
律は仕切り直し、夫妻へ問い掛けた。
「だから、菜緒が悪いからって言ってるでしょうが!」
「おじさんはどう思われます?」
怒鳴ってきた亜里沙を無視し、律は宗司に聞いた。
「勿論、親である私達にも責任がある。育て方やコミュニケーションが悪かったんだと思う」
宗司は真剣な眼差しを律に向け、言葉を絞り出していた。
「……はぁ? あなた全然菜緒に構っていないじゃない。私が悪いって言いたいわけ?」
真摯に受け止めている宗司とは異なり、亜里沙は引き続き不遜な態度のままだった。
「そうじゃない。君に任せっきりだった。僕も悪いと言っているんだ」
「じゃあ、あなたが構わないせいじゃない? 私のせいじゃないわよ!」
宗司に言い返した亜里沙は、言葉通りで本心も同じだと律にはわかった。
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