第七章

今度は味方


 下着の件を後日説明すると連絡したっきり、そのまま放置して翌日の昼休みを迎えた律は、菜緒から怒涛の質問攻めを受けた。


 とはいえ、今直ぐに話すわけにもいかないので、律は金曜日になったら話すとしか答えなかった。当然菜緒は不服そうにし、なぜ金曜日なのかとも聞いてきたが、詳細は語らなかった。


 金曜日に家へ行って全てを説明すると言っても良かったが、変に勘付かれ亜里沙にバレては困るので、律は当日にいきなりやった方がいいと考えたのである。


 そしてその当日、金曜日の放課後。


 律は下着の件を説明をするから菜緒の家へ行きたいと言い、警戒し嫌がる菜緒を強引に連れて学校を出た。


 学校がある戸塚駅から市営地下鉄で関内駅まで行き、そこからJRに乗り換え石川町駅で下車をした。最中、二人は一言も喋らなかった。


 喋り始めたのは、駅から離れ元町商店街に入ったあたりからだった。


「律さん。今日、誰が下着を盗んだのか教えてくれるんですよね? それにしても、何で家に来るんですか? 夕飯をたかりに来たとも思えないし、何でなんです?」

 菜緒が怪訝なそうな表情をして口火を切った。


「質問に答える前に、一つ確認させてくれ。母ちゃんが黒と言ったものに対し、俺が白だと言ったらお前はどっちを信じる?」

 律は前を向いたまま言い、数秒を経ってから菜緒を見た。律と視線が合った菜緒は、咄嗟に逸らして黙っていたが、再び目を合わせると口を開いた。


「……心情的には母ですが……律さんです。実際に、何度も本音を読まれていますから」

 菜緒は少し気落ちしていたが、本心だと律にはわかった。


「よし、今の言葉を忘れるなよ。絶対に俺を信じろ」

 律は菜緒に刻み込ませるように言った。菜緒もぎこちない頷き方であったが、了承はした。そして二人は元町商店街から外れ、菜緒の家へと向かうために坂を上がり始める。


「質問の答えだが、今日お前の両親が二人共家にいる。なぜかというと、お前の母ちゃんが浮気をしているので、弁護士や相手方と話し合いをするからだ」

 上り始めて一分も経たない内に、律が何気なしに発した。


 律の言葉に菜緒は足を止め、愕然とした表情に変わった。先へと進んでいた律は菜緒を見下ろし、真顔のまま話を続ける。


「でだ。何で俺が先に話をしにきたかっていうと、その浮気がお前を苦しめた原因だから」


「私を苦しめた原因?」

 そう言った菜緒の表情は、わからない……で埋め尽くされていた。


「今日、全部話す。お前がイジメをしていたこと、下着が盗まれていること、母ちゃんから理不尽な仕打ちを受けていること、全部話して終わらせるぞ」


「イジメのことを、両親に言うんですか?」

 叱られることがわかっているからだろう、菜緒の顔は怯えに満ちた。


「菜緒、イジメをしていたことは事実だ。目を背けるな。罪を認めなければ変われないぞ」

 律は更に目に力を込め、菜緒へ訴えかけた。


「……はい」

 菜緒は消え去りそうな声で答え、俯いた。その姿に、律は小さく息を吐く。


「誤解するな。俺は、お前を責めるためではなく、助けるために来たんだよ」


「私を……ですか?」

 菜緒は顔を上げると、目を丸くして聞き返してきた。律は優しげな笑みを浮かべて頷くと、菜緒へ上がってこいと手招きした。


 菜緒は歩き始め、不安そうな面持ちで律に並んだ。


「俺に本音を読まれて散々嫌な思いをしたろ? だが安心しろ……今度は味方だ」

 律はまた微笑み、菜緒の肩を軽くポンッと叩いた。


 目を見開く菜緒に、律は大きく頷くと身体の向きを戻した。


「来栖亜里沙の本音、俺が全部読んでやる」

 菜緒の家がある坂の上を睨み、律はそう言った。


 菜緒の家に前に近付くと、向坂の車であるミニクーパーが見え停車していた。向坂と遠山は、不測の事態に備えて待機をしてくれている。指示通りに遂行せねば、と律は気を引き締めた。


 律は菜緒の家に入ると、鍵をしめようとする菜緒に事情を説明し、鍵は開けたままにして欲しいと言った。菜緒は理解してくれ、律に従い鍵はかけずに中へと入った。


 菜緒にリビングへと案内された律は、部屋の綺麗さと広さに暫し呆然とする。


 四十畳以上はあるように思え、床は木目調でローテーブルを中央に高級そうなソファが三つ、更に大画面のテレビと音響も充実している。前回訪れた際に入ったダイニングキッチンも、1DKの自宅より広くて驚いたし、本当に自分とは縁のない家だなと律は思った。


「母と父を呼んできます。座って待っていてください」

 菜緒はそう言っていなくなり、律は我に返った。


 とりあえず言われた通りに座るかと思い、律は二人掛け用のソファに座った。瞬間、低反発の柔らかい素材がお尻を支えてくれ、自宅の座椅子は一体何なんだと律は悲しくなった。


 律は格差社会をまざまざと見せつけられへこんだが、やるべきことを思い出して準備を始めた。鞄からノートパソコンを出してローテーブルの上に置き、携帯電話も瞬時に連絡できるよう手前に置いた。


 パソコンも起動し準備を終え、鞄の中にあるスタンガンや結束バンドを確認している最中、リビングに誰かが入ってくる音が聞こえたので、律は鞄のチャックをしめ顔を向けた。

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