真相
「茜に聞いたんだけど、来栖菜緒が初等部五年生、六年生時の担任だったみたいよ」
「じゃあ、その時から亜里沙とできてた可能性もありますね」
遠山からの情報に、律は苦い顔をした。
「というか、それしか考えられない。奥さんが妊娠中に浮気が始まったんだろ」
向坂は心底呆れた仕草で言い、遠山も嘆息した。
「あと、これを聞いて欲しい」
そう言って、向坂はノートパソコンの操作を再開した。
「所長、りっちゃんに行為中の音声を聞かせるつもりですか? ダメですよ!」
「聞かせねぇよ! 気になった発言を編集してるやつだよ」
制しようとする遠山に、向坂は唾を飛ばして反論した。
「ていうか、行為中ってどうやって盗聴したんですか?」
「隠しマイクを亜里沙のバックにサクッと入れた」
律の問いに、向坂は当然かのように答えた。
簡単にできるような感じで言っているが、向坂だからこそできる至難の業である。律は驚愕していたが、音声が始まったのでそちらに集中することにした。
『ねぇ……ちょくちょく菜緒と顔を合わせているみたいじゃない?』
『聖穏学園は初等部から高等部まで同じ敷地にあるからね。そりゃ会う時もあるよ』
『嘘! 菜緒が中等部にいる時もそうだったじゃない!』
『亜里沙、何度も言っているだろう。誤解だよ』
『私にはわかっているんだからね。菜緒に手を出したら許さないから』
『手を出すわけないじゃないか。何度も言ってるけど、元教え子だよ?』
『私は昇君が一番好きで大事なの。菜緒はただの私のアクセサリーなんだから、そういう目で見ないでよ』
『わかっている。俺も亜里沙を一番愛しているよ』
向坂はここで音声を停止して、律と視線を合わせた。
「……有馬は菜緒を狙っていたんですね?」
律がそう言うと、向坂はゆっくりと頷いた。
「下着がなくなっているって言ってたよな? 盗んだ犯人は十中八九こいつだ。昨日家で会っていたから盗んだかもしれんぞ。昨日なくなったか聞いてみてくれないか?」
向坂にそう言われ、律は携帯電話を取り出しSNSアプリで菜緒に連絡をした。
直ぐに反応があったので、昨日下着がなくなっているか聞いてみると、菜緒は確かに昨日二枚なくなったと返答をしてきた。何で盗まれたことがわかったのか、菜緒は完全に混乱している様子であったが、律は後日説明すると答えて携帯電話をしまった。
「向坂さん。当たりです」
律は小さく頷きながら言った。
「それに、亜里沙の言葉を額面通りに受け取ると、ロリコン野郎から娘を庇っているように聞こえるが……」
「違いますね。ガチですよ」
向坂の言い分に対し、律は即座に否定した。
「ああ、亜里沙は娘を敵視している。娘が歪んだ原因は多分そこだ」
向坂も律に同意し、寂しそうな表情でコーヒーに口をつけた。
「時期も中等部に上がる前あたりからと、菜緒が言っていた通りですね。ですが、母親が娘より浮気相手の男を庇うとか普通あり得ませんよね? サイコパスですか?」
親が娘を敵視するのは信じがたいことであり、律は確認するような目つきで二人を見た。
「近いかもね。こういう女は自己中心的で、自分以外は夫や子も道具としか考えていないタイプよ。旦那は名家で金持ち、娘は煌びやかなアクセサリー、二人共単なる自分のステータスとしか見ていないのでしょう。自分を飾るために娘も厳しく躾けてきたが、愛する男に狙われた。娘がライバルになってしまったのよ。だから排他する、それだけのことね」
遠山が真顔で言い放った。その言葉が、真実なのだと律の胸に突き刺さる。
「……身勝手にも程がある。菜緒は幼い頃から母親のためだけに生きてきたようなものですよ」
律は拳を握り締め、やり切れない思いを吐露した。
「ある意味、今回の一番の被害者かもしれんな。好きでもない元担任教師に好意を抱かれ、母親を豹変させてしまい理不尽な思いをすることになった。いや、元々母親はクズか」
向坂は憐れんでいる様子で言い、
「りっちゃんや他の子をイジメていたってことで、私はあんまり同情はできないけどね。でも、母親至上主義だった子が、どうやってこれを回避できたか? って言われると難しいかも」
若干難癖はつけたものの、遠山も同調を示した。
「遠山君の見解を補足するが、亜里沙は昔から自己顕示欲の塊でお嬢様思考だった。多分、聖穏学園に娘を入れたのもその欲求を満たすためだけだったんだろう。旦那から多額の寄付をさせて、保護者会でも猛威を振るっていたらしい。ちなみに、有馬昇は昔から女好きで、大学生の時に未成年淫行で一度捕まっている。まぁ、双方共にゴミカスでお似合いではあるな」
向坂はそう説明して鼻を鳴らすと、コーヒーをズズズッと音を立てて飲んだ。
それから向坂がティーカップをテーブルに置くと、暫しの間部屋が静寂に包まれた。
菜緒がこれを知ったらショックどころではない。予想だにしていなかった結果に対し、律の気持ちも整理が追いつかなかった。
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