新たな決意と共に


『律君は、力に目覚めています。そして誰も信じられなくなってしまった。律君に勉学や常識を強制的に叩き込めば、能力は消滅すると思います。ですが、律君はもう人の本質を見てしまったんです。能力がなくなり本音が読めなくなったからって、普通には振る舞えませんよ』

 波多野が厳しい視線を涼子に向けると、

『そうですよね。今更、この子が見てきたことが嘘だなんて言えませんもんね』

 涼子は沈痛な表情で答えた。


『上手く付き合っていきましょう。もう一度言いますが、律君は天才です。律君がこの力を持ったことには意味があるのだと私は思います。そして、律君の母親はあなたなんです。お母さんは嘘をつかずに愛情を注いでください。不安はあると思いますが、自分も相談に乗りますので、親として自覚を持って行動してください。子供は、親を選べませんからね』

 

『はい! それは勿論です!』

 涼子は波多野の言葉に表情を引き締めた。


『律君。君の力はいつか必ず誰かの役に立ち、誰かを救うことができる。今は嫌な思いしかしていないけど、自分の力が正しいものなんだって認めよう』


『本当に、悪い力じゃないの?』

 大人はいつも自分を化け物扱いにしてきたので、全肯定されたことに律は戸惑った。


『さっきも言ったけど、悪い力じゃない。律君が悪いことに使わない限り、悪い力にはならない。良い力になるんだよ。俺、嘘を言ってないだろ?』

 波多野は律の頭の上に手を乗せ、笑顔を見せた。確かに、波多野の言っていることは全て本心で嘘偽りは微塵も感じなかった。


『人を助けたり、悪事を暴いたり、良いことに使おう。律君は凄い奴になるぞ!』

 波多野は左目を閉じた後、右手の親指と人差し指と中指で丸を作り右目にあて、嬉しそうに言った。


 律も波多野の動作を真似て、波多野を見た。すると、律は波多野の奥底にある悲しみを乗り越えた強さや優しさを読み、

『おじさんも凄いよ』

 と言って少しだけ笑った。


『ハハッ……ありがとう』


 ——二十代前半なんだけどな。いや、小学生から見たら充分おじさんになるのか……結構ショックだな。


『ショックなんだ。おじさんって言ってごめんね、波多野さん』

 律は考えなしに言った。その刹那、まずいと思った。大人は本音を読まれて言葉にされると、自分を化け物扱いすることを律は身に染みて知っていたからだ。


 波多野にも……化け物扱いされる。と律は一瞬目を瞑ったが、恐る恐る瞼を開くとそこには満面の笑みを浮かべた波多野がいた。


『律君はやっぱり凄いね。早速、良いことしてもらっちゃった』

 波多野はそう言って、律の頭をわしゃわしゃと撫でた。


 この時、律は初めて何かが浄化するような感覚を覚えた。


 波多野とは家が近かったこともあり、週に一度は訪ねてくれた。幼い頃の律の唯一の楽しみで、考え方や、力の使い方、涼子のケアも含め、沢山のことをやってもらい教えてもらった。


 波多野も律や涼子の考えを読めるので、律は自分と同じ能力を持っているのかと聞いてみたことがあったが、そうではなく単純に素でとてつもない人なだけだった。


 槙島教諭や向坂、常人ではない大人を何人も見てきた律だが、波多野は一線を画していた。それほどまでに凄い人であり、律にとってかけがえのない人だった。波多野が事故死した時には、涙が枯れるほど泣いてしまった。


 律は回顧をとめ、小さく息を吐いた。


 波多野のようには上手くやれはしないだろうが、菜緒が正しく進めるように力を使おう。


 そう、律は自分を奮い立たせた。



 三日後。水曜日、午後七時半。


 向坂から終わったと連絡があったので、早速律は向坂探偵事務所に行った。


「仕事に関して有能なのは知っていますが、早すぎませんか?」

 律はソファに座るなり、対面している向坂に言った。


「いや、お前のお陰だ。日曜もそうだが、昨日も来栖亜里沙の家で二人は昼間に会ってたからな。確固たる証拠が揃ったので、依頼人と弁護士にさっき説明して諸々決まったところだ」

 向坂は少し疲れた様子で言い、遠山が用意してくれたコーヒーを口に運んだ。遠山は自分と律の前に紅茶が入ったティーカップを置き、律の隣に座った。


 律が今まで浮気調査を手伝った経験上、現場の証拠を握ることだけなく身辺調査も含まれるので、どんなに早くても二週間前後はかかった。


 しかしながら、今回は一週間も経っていない。


 律は半信半疑であったが、向坂のやり切った顔から全てが終わったことを理解すると、向坂の凄まじさに感服するしかなかった。


「じゃ、菜緒の両親と有馬昇について、できる範囲で教えてください」

 律は紅茶を一口飲み、フーッと息を吐いてから向坂に言った。


 向坂は頭をかいた後、テーブルに置いてあったノートパソコンを操作しながら口を開く。


「簡潔に説明するので、質問があれば都度聞いてくれ。まずは来栖菜緒の父親、来栖宗司。五十七歳。令桜大学で物理学の教授をしている。宗司の父は昭和の文豪、来栖宗助そうすけ。山手町に豪邸があるだけなく、日本国外に別荘をいくつか所有している。妻の亜里沙とは結婚相談所を介して知り合い、直ぐに結婚をした」

 向坂は宗司の説明をし終えると、ノートパソコンのタッチパッドに再び手を伸ばした。


「続いて母親の亜里沙。三十七歳。中流家庭で育ち、短大卒業後に宗司と結婚。だが、現在進行形で有馬昇と不貞行為をしている」

 向坂は無表情で述べ、

「有馬昇。二十七歳。大学卒業後に聖穏学園初等部の教師になり、同時期に結婚もして子供も生まれている。そして、亜里沙と不倫中」

 終始淡々とした口調であった。

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