律なりに励ましています
「母ちゃんのことを庇っているが、あんな辛辣な感じなのに好きなわけ?」
律は頬杖をつきながら言った。
「当たり前じゃないですか。自分の母親ですよ?」
「俺に嘘は通じないぞ」
「好きですよ……嫌なことをされることもありますが、好きな気持ちは嘘じゃない!」
菜緒は真剣な表情で言い切った。律は頬杖を解除し、ルーティンで菜緒を見た。
——母の言うことが全部正しい……母に嫌われたくない……母が全て……でも……。
「今の何ですか?」
菜緒がそう言い、不快感をあらわにした。
「俺が相手を深く読む時のルーティン動作だ。気分を悪くさせたなら申し訳ない」
律は少し頭を下げ、また頬杖の態勢に戻った。
「で? どうでしたか? 嘘じゃなかったでしょう?」
「嘘ではなかったな。だが、百パーではない。何か引っ掛かっている」
挑戦的な態度を見せる菜緒に、律は淡々と答えた。律の返答が当たっていたのだろう、菜緒は不機嫌な顔になり横を向いた。
「……中等部に上がる前ですかね。初等部六年の後半くらいから、母の当たりが強くなってきたんです。その理由がわからなくてモヤモヤしているだけです」
既に読んでいてわかってはいたが、やっと問題の原因を菜緒は自ら口にした。律は腕組みをし、菜緒を見据える。
「モヤモヤの原因について、母ちゃんには直接聞いたのか?」
「聞きましたよ。ですが、私が言うことをしっかり聞かないからだ、と。それから、私は何かと目立つので、習い事は全部やめてあまり外にも出るなと言われました」
「言われた通りにしているものの、母ちゃんの苛烈さは増していったと?」
律の言葉に、菜緒は目を伏せて頷いた。
「お前への憧れで依存をしていた斉藤よりも酷いな。お前、ただの母ちゃんの傀儡だぞ?」
律は大きく息を吐き、菜緒へ言い放った。
「母の言うことを信じて守って、それの何がいけないんです?」
菜緒は唇を噛みながら律を睨んだ。
「結果として、お前はそれから不満を抱えたままになった。その発散のためにイジメをし、誰かを傷つけてんだから世話ないわな。何がいけないんです? じゃねぇよ」
律が強い口調で言い返すと、菜緒の視線は下がっていった。
「お前は母ちゃんのことしか考えていない。それが全てで、そのためだけに生きている。自分のために生きていないし、自分で何も考えていない。菜緒、お前には自分がないのか?」
「まだ高校一年生の十五歳ですよ。逆に律さんは、確固たる自分をお持ちなんですか?」
ハッと嘲笑うような声を出してから、菜緒は律に言った。
「良くも悪くも、俺には自分しかないだろ」
即座に律がそう返すと、菜緒の表情が真顔へと戻っていった。
「幼い頃はもっと能力が制御できなくてな、完全な人間不信になった。友達はいないし、できない。拒絶されるのが怖い。端から見たら、俺は気持ち悪いからな。それぐらいわかってる」
律が己のことを告白し始めると、菜緒は神妙な面持ちになり口を結んだ。
「だからといって、俺はこの力を憎んでいないし悪用もしていない。自分が傷ついても、誰かを傷つけることは絶対にしていない。十五歳だから? 親に言われたから? 何だそれ?」
律は菜緒を責めるような言い方をし、
「父ちゃんは年中家にいない、母ちゃんからは理不尽な仕打ちと束縛。同情できる部分もあるが、道理に反することをしていい理由にはならない。イジメをしたのは事実で、お前が決めてやったことだからな。俺は心底お前を軽蔑している」
と、続けて辛辣な言葉を浴びせた。
律から痛烈に批判された菜緒は、俯いて呼吸が荒くなっていった。
「……私は……律さんみたいに強くないんですよ!」
菜緒は顔上げてそう放ち、目には涙を浮かべていた。
「だが反対に、俺はお前を羨ましいとも思っている」
律がそう言うと、目元を拭っていた菜緒はキョトンとした顔になった。律はクスッと笑い、菜緒の呼吸が落ち着き始めると口を開いた。
「斉藤がお前の解放を嘆願してきたことは話したが、斉藤だけじゃなく、小林や工藤からもちょくちょくお前を心配する連絡がきてる。それにイジメられた連中は、皆お前を許した。イジメの実態を見てきた俺からすると、あり得ないことだよ。理解ある友達がいることが凄く羨ましい。学力だけじゃなく人間観察力も高く、地頭もいい。それに料理もできるし、何でもそつなくこなすんだろ? 斉藤が自慢していたぞ。容姿も整っているし羨ましい限りだな」
優しく言葉を続ける律に、菜緒はまた涙を滲ませていた。
「あと、家もでかいし金持ちだろ……」
「家とお金は私じゃなくて父の物です」
菜緒は軽く笑い、涙を拭い鼻をすすった。
「ということは、生まれたところの運もいいな」
律は笑い返し、
「菜緒、お前は恵まれているんだよ」
と、今度は真剣な眼差しを向けた。
「どんなところにも悩みや不満はあるもんなんだ。菜緒もそうだし、斉藤もそうだった。そして、俺もな。しかし、お前は俺を強いと言った。その俺がお前は恵まれていると言っているんだ。だから、お前ならできるよ」
律はそう諭したが、菜緒は不安そうな面持ちで見つめ返してきた。律はそっと笑み浮かべたが、表情を引き締め直す。
「菜緒なら絶対に変わることができる!」
律は力強く言葉を放った。
「変われ……ますかね?」
表情は依然として変わらぬままだが、菜緒の目には自分の意思が宿り始めていた。
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