律なりに事情聴取をしています
「お前の母ちゃんって普段何やってんの?」
律が菜緒に話し掛けると、菜緒は一度だけ律に目を合わせてから逸らした。
「聖穏会の活動が主ですかね」
「……聖穏会?」
菜緒から知らない単語がでたので、律は眉間にしわを寄せた。
「聖穏学園のOGや生徒保護者の集まりです。実際には何をしているのか知りませんが、学園運営のバックアップをしているみたいです」
菜緒の説明を聞き、律は聖穏学園直属のPTAみたいなものだろうと想像した。
「ふーん、それ以外は? 家事とかしねぇの?」
「……しませんね。家政婦の方が週に三回来て、掃除や洗濯、昔は料理も作り置きしてくれていました。今は、私が料理を担当しています」
「聖穏会の仕事と、自分磨きで忙しいってか?」
律が呆れた感じで聞くと、菜緒は何も言わず浮かない表情になった。読まずとも正解だと律にはわかり、こんな顔を子供にさせるなよと亜里沙に怒りを覚えた。
「そういや今日、日曜日だけど父ちゃんは?」
「父は常に大学の研究室にこもっていますよ。ほとんど家に帰ってきません」
律は話題を菜緒の父親である宗司に変更したが、答えはほとんど一緒だった。
「寂しくねぇの?」
「寂しくない……と言ってもバレますよね。確かに寂しいですよ。ですが、私には母がついていますし、構ってもらえるので大丈夫です」
「俺には、構ってもらっているようには見えなかったが?」
律が聞き返すと、菜緒は更に表情を暗くした。
律は気落ちしている菜緒を見兼ね、亜里沙の素行について調べようと思った。
「母ちゃんのスケジュールとかわかる?」
「全然わかりませんよ。ですが、基本的に母も家にはいないですね」
「じゃあ、最近母ちゃんが変だなって思ったことある? 細かいことでも何でもいいぞ」
「……最近のことですか? 何が聞きたいんですか?」
菜緒は訝しげな様子になったが、
「いいから、質問に答えろ」
と律が強引に進めると、軽く息を吐き斜め上を向いた。
「……そうですね。最近もなんですけど、一年くらい前から私の下着がたまになくなるんですよね」
律と視線を合わせて菜緒は呟いた。
「下着? パンツが?」
「……パンツとブラの両方です」
菜緒は頬を赤く染め、小声で言った。
「それ、母ちゃんが関係あんのか? 家政婦の人がパクッてんじゃないの?」
「それはないです。村上さん……家政婦の方なんですけど、村上さんが最初に気付いたんです」
「犯罪は第一発見者が一番怪しいって、セオリーだけどな」
「村上さんは私が小さい頃からここで働いていて、付き合いも長く真面目な方です。私には律さんのような力はありませんが、村上さんが嘘をついているかどうかはわかります」
軽いノリで返す律に、菜緒は真顔で否定してきた。
「家政婦の人じゃないってなると、泥棒になるよな。だから、母ちゃん関係あんの?」
律がそう言うと、菜緒の表情は露骨に曇った。
「下着の件を母に相談したんです。最初は律さんと同じように村上さんを疑っていましたが、ある日急に私の気のせいだ。もうその話はするなって言ってきたんです」
「……変だな。母ちゃんが犯人っぽくなったけど、仮に犯人だとしたら最初からお前の気のせいだって言わないか?」
亜里沙が一気に怪しくなったが、律が矛盾を指摘すると菜緒も頷いた。
「その通りなんですよね。母が犯人かはわかりませんが、何かを知っているのは間違いない」
「もしかして父ちゃん? 母ちゃんがそれを見ちゃったとか?」
「父が盗むとか、あり得ませんね。そもそも父は日頃家にはいませんし、私と時間が合う時は何でも言うことを聞いてくれる優しい父です。父は私を娘としか見ていませんよ。仮に劣情を抱いてるとしても、私にはわかります」
律の突拍子もない意見に対し、菜緒は自信満々に答えた。
「随分と自信があるみたいだが、その理屈は?」
「例外もあるでしょうが、大体の女性は男性からの視線には敏感ですよ。私の場合、まぁそこそこ出るところが出ているので、劣情の視線が多いんです。私に対しそういう視線を向けないのは、娘として見ている父と、はなから眼中にない律さんだけです。納得いただけました?」
「確かに、俺は全くお前を女として見てないな」
得心したと大きく頷く律に、菜緒はなぜかフンッと鼻息を出した。
「だとすると父ちゃんは関係ない……母ちゃんは何がしたかったんだろうな」
律はそう呟き考え込んだ。亜里沙の件とは関係ないだろうが、律は一応菜緒の下着が盗まれていることも後ほど向坂に伝えた。
「律さん、母を調べて何がしたいんですか?」
思案を続ける律に対し、菜緒は勘付き始め眉をひそめた。
「前に言ったろ、お前の問題解決に必要だからだよ」
「それだけなら最近の出来事とか、スケジュールとかを聞く必要はないですよね?」
菜緒はきっぱりと返事をした。
——私の問題は中等部に上がる前、最近のことではない。
律に少し心を開いてきたのか、深読みしなくても菜緒は正解を浮き上がらせてきた。
「菜緒の問題を解決したいというのも本当だ。だが、現在進行形でお前に悪影響を及ぼす行動をしている可能性があるんだよ」
「本当……ですか?」
律の言葉に菜緒は目を見開いた。
「確定するまでは詳細を言うつもりはないが、俺は真意が読める。だからこそ力を使って悪用はしない、相手に嘘はつかない。これは俺のポリシーだ」
律が断言すると、菜緒は俯き呼吸が乱れ始めた。
「母が私に嫌なことをするはずがない! だって……」
——ずっと小さい頃から言われた通りにやってきたのに!
と、菜緒はテーブルの上で両手の拳をギュッと握った。
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