菜緒の母親と対面
「何を言っているのかさっぱりわからんが、今まで食ってきたサンドイッチの中で断トツだわ」
「お子様舌でもわかるもんなんですね」
律の言葉に、菜緒は少しだけ口角を上げた。
「褒めているのに、素直に喜べんのかお前は?」
「……どうも」
菜緒は拗ねた子供のように顔を背け、小声で返事をした。
その後、ちらちらと見てはくるものの何も言わない菜緒を無視し、律はガツガツと食べ進め十分も経たずに完食した。
「ごちそうさま。じゃ、お前の母ちゃんが戻ってくるまで勉強でもすっか」
律がそう言うと、食べ終えた食器を片しつつ菜緒は溜め息で返してきた。
菜緒はとにかく勉強を教えるのが上手かった。飽きさせないよう科目を直ぐに変えたり、適度に休憩を入れたりと、集中力が続かない律に合わせて教えてくれている。これは観察力の高さだけではなく、相手の立場になって考えることに長けていることに他ならない。
弱みを握られているとはいえ、律に言われたことはしっかりやるし守る。嫌々そうにするものの手は抜かない。律は本音が読めるからこそ、菜緒の根が真面目なのだと認識を改めたのだ。
しかし、相手を思いやることができたはずの菜緒がイジメをしていたことも事実なわけで、そうなると個人だけの問題ではない。
やはり花音が言っていた通り……母親の亜里沙が原因か。と律が思っていると、
「集中されていないみたいなので、少し休憩しましょう」
菜緒に思案中だと見抜かれた。
律は携帯電話で午前十一時三十三分だということを確認し、そろそろ亜里沙が帰ってくるかもしれないと思った。
丁度その時だった。
「帰ってきたみたいです」
玄関から物音がし、菜緒がそう言った。
菜緒は立ち上がり玄関へと向かうので、律もその後ろをついていくと、玄関ではスポーティな恰好をした女性が靴を脱いでいるところだった。身長は律と同じくらいで、菜緒ほど胸はないがスタイルも良い日本とロシアとのハーフ美女、メイクもバッチリであった。
亜里沙で間違いなかった。
「ママ、お帰りなさい」
「ん」
菜緒に相槌をした後、
「そちらの子は?」
亜里沙は律を見ると眉をピクッと動かした。
——菜緒が初めて男子を連れてきた? 彼氏? こんな平凡そうな男が?
「興城律と言います。菜緒さんには勉強を教わっている関係です」
彼氏じゃないし平凡で悪かったなと思いつつ、律はお辞儀をした。
「あらそう。菜緒、前回のテストが散々だったのに随分余裕ね。次は許さないわよ」
亜里沙は殺気がまじったような視線を菜緒に向けた。
「わ、わかってるよ。絶対に一位をとる」
表情を強張らせていう菜緒の姿は、正に蛇に睨まれた蛙だった。
「あなたも菜緒と同じクラスなのかしら?」
「いいえ、僕は四組です」
律がそう答えると、一瞬にして亜里沙は律を蔑視してきた。
——普通科の雑魚か。菜緒の勉学には邪魔だが……まぁいいか。
「菜緒、勉強は一人でやりなさい」
亜里沙は菜緒を再び目で射貫き、菜緒も言われるがまま頷いていた。
「ママ、お昼ご飯は? 直ぐに用意できるよ」
二階へ上がろうとする亜里沙に、菜緒が媚びるように言った。
「要らない。今から友達と会う約束があるの、夜も遅くなりそうだから晩御飯も要らないわ」
不愉快そうな顔で亜里沙が言い放った。律は二人が会話をしている間、菜緒の後ろからバレないようにルーティンで亜里沙を見た。
——うざったい子ね。あんたに構ってらんないのよ。……あの子とデートなんだから……みなとみらい……海沿いのホテルで……。
情報を把握した律は忘れない内にと思い、直ぐに携帯電話のメモ機能に入力をした。携帯電話をしまって律が顔を上げると、そこには亜里沙はおらず菜緒が呆然と立っていた。
「トイレどこ?」
律が聞くと、菜緒は我に返ったような仕草をした。
「この奥の左です」
そう言って菜緒は通路の奥を指さした。
菜緒に教えてもらった通りに進んで律はトイレの中へ入ったが、三畳以上はある広さと豪華な内装にびっくりし一瞬固まった。いかんいかんと首を振って気を引き締め直し、向坂に連絡を入れた。
亜里沙が今から有馬昇とデートをする、場所はみなとみらいで海沿いのホテルだが名称はわからないことを伝えると、向坂はみなとみらいにいたらしくタイミングがバッチリ、場所については検討がつくから大丈夫、上出来だという返答がきた。
向坂なら、一度でも尻尾を掴んだら終わらせることは容易いだろう。だが念のために、亜里沙に関する追加情報があれば伝えると言った上で、律は向坂との連絡を終えた。
とりあえず、役には立てたと律は一息ついた。何の芳香剤かはわからないが、清涼感に満ちた匂いに包まれ気分も落ち着いてきた。
律はついでにゆっくりと用をすませ、手を洗ってからトイレを出た。
律は通路に戻ると、派手な服装に着替えた亜里沙が玄関に向かう姿が見えた。律は近付いて会釈をしたが、亜里沙は律を無視して靴を履いて出ていった。
大変感じの悪い女である。
律はダイニングキッチンに戻り、再び同じ位置に座った。なお、律の目の前に座っている菜緒は、見るからに落ち込んでいる様子であった。
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