第六章

おうちはお城


 律は向坂の指示通り、菜緒の母である亜里沙に会いたいから、亜里沙がいる日に家へ行きたいと菜緒に連絡をした。菜緒はイジメていたことをバラされると思ったのか嫌がったが、律がそれを話すつもりはないし拒否権はないと言って強引に約束を取りつけた。


 菜緒が指定してきたのは、向坂達と作戦会議をした翌々日の日曜日、午前九時だった。


 菜緒の家は横浜市中区山手町にあり、律が住んでいるのは横浜市南区東蒔田町で区を跨ぐが、距離は3.5キロとそれほど遠くなかったので、律は節約も兼ね徒歩で向かった。それに山手町は恩人が住んでいた場所で、何度か訪れたこともあり土地勘もあった。


 一時間弱歩き、菜緒の家に着いた律は口をあんぐりとさせていた。


 菜緒の家へ行く道中、山手町に入り坂を上り終えた時点で律はここが高級住宅街なのだと知ってはいたが、菜緒の家は純白で一際目立っており、どでかい城のようだと思った。


 律は大豪邸を前に若干尻込みしつつ、インターホンを押した。


 すると、十秒も経たずに門が勝手に開き、菜緒が玄関からやってきた。


 菜緒は制服姿ではなく、紺色のニットに橙色のスカートを着用していた。普段着というやつだろう。と律は思った。


「お前の家、でかいし綺麗でビビったわ」


「まぁ、確かにそこそこ大きい方ですね」

 律が興奮した様子で感想を述べるが、菜緒は簡素な受け答えだった。


「そこそこ? 大豪邸だよ。周りが金持ちばっかりで麻痺してんだろ。って家の中もすげぇ」

 律は文句を言いながら家の中に入ると、天井の煌びやかなシャンデリアに度肝を抜かれた。


「で? お前の母ちゃんどこ? 挨拶をさせてくれ」


「十分くらい前に出かけました。残念でしたね」


「はぁ? お前わざとだろ? その時に連絡しろよ」


「連絡しましたよ。それに、わざとじゃありません。律さんならわかるでしょ」

 律の前を歩いていた菜緒は、そう言って向き直った。


 表情から嘘ではないとわかり、律は携帯電話を取り出し確認すると、菜緒の言う通り十分前にSNSアプリで連絡がきていた。


「まぁ、母は軽装だったのでスポーツジムに行ったんだと思います。多分、お昼前には帰ってくるはずですが、待ちますか? それとも帰ります? ていうか帰って欲しいです」

 菜緒は不機嫌さを隠しもせずに言ったが、律は気にする素振りもなく思案していた。


「んー。めんどいけど待つか。あ、そういえば朝飯食ってないわ。何かない?」


「……ご飯をたかりに来たんですか? 面倒くさいなぁ」

 菜緒は大きな溜め息を吐いてから再び歩き始めると、部屋に入っていった。律もついていくと、そこは小綺麗なダイニングキッチンだった。


「座って待っててください。簡単な物しか出しませんからね」

 菜緒は四人掛け用のダイニングテーブルを指さし、キッチンスペースに入った。


「え? お前が作ってくれんの?」

 クッション付きの椅子に座ったタイミングで律が聞くと、菜緒は嫌そうな顔をして頷いた。


「お前は弁当を自作していたし、料理もできるのか。本当に性格以外は完璧だな」


「フッ……ありがとうございます。律さんは毎回購買部で昼食を済ませていますが、ご両親はお弁当を作ってくださらないんですか?」

 菜緒は鼻で笑ってから言葉を続けた。


「父さんは五歳の頃に病死してるし、母さんは俺が一歳の頃に大きな事件に巻き込まれて、左手が完全に麻痺しているんだ。それでも掃除や洗濯などの家事はしっかりやってくれるし、料理も朝と夜は用意してくれている。あまり無理をさせたくないから、昼は購買部で済ましてるんだよ。俺が料理をできればいいんだが、覚えが悪くて不器用なもんでな」

 律は事情を説明した。


 すると、

 ——どうしよう……まずいことを言ってしまった。

 菜緒の動きが止まり、俯いて顔が青ざめ始めた。


「お前も罪悪感を感じるようで安心したよ。お前のせいじゃない、気にすんな」

 律は軽く笑みを浮かべ、菜緒に言った。


「変なことを言ってしまいすみませんでした」

 菜緒は真摯な態度で頭を下げた。


 律は菜緒に大丈夫だと小さく頷き、携帯電話を出して亜里沙が出かけて昼前に帰宅予定だと向坂へ連絡を入れた。


 程なくして、学習アプリをプレイ中の律の前に料理が運ばれてきたので、携帯電話をしまって料理に目を向けた。


 飲み物が入ったグラス、乾燥パセリがかかったコーンスープ、楕円形のパンはグリルの焼き目がついており色々な具を挟んでいた。


「ホットサンドとコーンスープか、簡単な物と言いつつオシャレなの出してきたな」


「簡単な物で、普通ですよ」

 菜緒は素っ気ない返事をし、律の前に座った。


「いただきます」

 と、律は手を合わせてから食事を始めた。まずはグラスに口をつけ、口の中で紅茶と柑橘系の爽やかな味が広がる。飲み物はオレンジティーだった。


 続いて律はコーンスープを飲み、甘めでまろやかな味にうんうんと頷く。飲み物だけでもう既に美味すぎるなと思い、律はパンを手に取ってひとかじりした。その直ぐ後だった。


「んんんっ! うっまぁあああああ! 何じゃこれ!」

 あまりの美味さに声を張り上げ、律は驚愕の表情を菜緒に向けた。


「パニーニです。パンも自作したフォカッチャで、具は生ハム、スライスチーズ、ドライトマト、レタス、アボガド、あとクリームチーズ

を少々です。ソースはオリーブオイルをベースにワインビネガーと塩だけで、素材の味を引き出すようにしています」

 菜緒は得意げな顔で頬杖をついた。

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