偶然が続く


「りっちゃん、いらっしゃい。あー、これ! 憶えていてくれたんだ」

 律は遠山の声で我に返った。遠山は律が持っている紙袋を見て笑顔であった。


「彩夏さんこれ好きでしたよね? カメラを貸してくれたお礼です」

 律はそう言って、ロールケーキが入っている紙袋を遠山に渡した。


「ありがとう! 今切るから、りっちゃんも一緒に食べよ」

 遠山は破顔し、給湯所に向かった。


「甘いの好きじゃないんだよなぁ。酒を買ってこいよ酒を!」

 向坂はソファに座っており、げんなりとした表情で言った。


「高校生に何を言ってるんですか? 買えるわけないでしょ。ていうかさっきの方、浮気調査ですよね? 相当怒っていましたよ」


「ああ、読んだのか。怒り心頭だったぞ」

 律の言葉に、向坂は苦笑した。


「あの……依頼人の情報を広げっぱなしでいいんですか? 普通に見えてますよ」

 律は向坂の前に座ったが、目の前のテーブルにはところ狭しと書類や写真が散らばらっている状態だった。


「え? や、お前なら別に見られてもいいし、一緒に片付けようぜ」


「信用してくれるのは嬉しいんですけど、探偵業なんだからこういうの良くないですよ」

 向坂に苦言を呈しつつ書類と写真の片付けを始めたが、

「向坂さん、この写真の男性は誰ですか?」

 一つの写真に目が留まり、律はすかさず確認した。


「依頼人の主人、調査のターゲットだが?」


「名前は?」


有馬昇ありまのぼる


『金づるとして文句はないし、顔も身体もいいんだけど……そろそろ動かんとなぁ』

 律は一度見た人は絶対に忘れない。この男……顔……間違いない。と律は確信した。


「この男性、有馬昇は確実に浮気をしていますよ」

 写真を向坂の前に置き、律は言い切った。


「お前、写真から読めるようになったのか?」


「読めませんよ。さっき横浜高島屋の前で訓練している最中に、たまたま見たんです」

 目を見開く向坂に、律はソファに背を預け軽く笑みを浮かべた。


「だが、何で浮気しているってわかったんだ? 今から浮気するぞーとでも言っていたのか?」


「簡単ですよ。女連れだったんです」


「あー、そういうことか」

 向坂は得心した様子でソファに深く座り直した。


「そして、その二人を読んだ?」

 向坂の言葉に律は首を縦に振った。


「お待たせー。って所長どうしたんです?」

 遠山は人数分にカットしたロールケーキと、紅茶が入ったティーカップをセットでテーブルに置き、薄ら笑いをしている向坂に顔を向けた。


「律が高島屋の前で有馬さんの旦那を見たって、しかも女連れだったらしい。クロ確定だな」


「え? りっちゃんが見たの? どんな女の人だった?」

 遠山は驚いた顔をして律の隣に座った。


「それが最悪なんですよね。今、俺が茜先生に更生を命じられている生徒の母親なんです」

 律が溜め息まじりに言うと、

「えっ! 本当に?」

 遠山は目を丸くした。


「はい。先に母親に気付いて深読みをしたので、男の方はあんまり読めなかったんですよね。追いかければ良かったかな」

 律はそう言いボリボリと後頭部をかいた。


「いや、お前が読んだ時点で充分だよ。……勝ったな」

 向坂は紅茶を一口飲むと、ニヤリとした。


「茜に頼まれた生徒って、元々はりっちゃんをイジメていた主犯格の子だよね?」


「良く知っていますね? 茜先生から聞いたんですか?」

 律が聞き返すと、遠山は頬を緩めて頷いた。


「お前、イジメていた奴の更生までやらされてんのか? おかしくね?」

 向坂はティーカップを置き、鼻で笑った。


「俺もおかしいって思いましたよ。でも最後までやれって言ってきかないんです。ま、茜先生なりに理由もあるみたいなので、恩もあるし手伝おうかなと」

 律は言い終えると紅茶に口をつけた。


「相変わらずドライそうに見えて義理堅い奴」

 向坂は苦笑いを浮かべたが、どこか嬉しそうでもあった。


「それに、茜先生の真意は更生をさせている来栖菜緒の親なんです。菜緒を介して、俺に親のことを探らせるつもりだったのは間違いないんですが、このことだったんですかね?」

 律はティーカップを置き、遠山と向坂の顔を交互に見た。


「茜は自分にとって意味のないことは絶対にしない。でも、生徒の親の浮気で得をするかな」

 遠山が手を口元につけ呟いていると、

「その、遠山君の友達は学園運営に力を入れているんだろ? だったら得はあるな」

 と言って、向坂は律と遠山の前に一枚の紙を置いた。


 それは、有馬昇の経歴書だった。


「有馬昇、んー。大学卒業後……聖穏学園……初等部教師!」

 遠山が読んだ内容に、律は目を大きく開いた。


「倫理に反する教師を罰することができる」

 向坂が言った。律は槙島教諭の性格を踏まえ、一理あるなと思った。


「茜ってめちゃくちゃ潔癖だからなぁ」

 遠山が仕方なさそうに笑った。


 人のことを潔癖と嘲笑っておきながら、槙島教諭自身が一番潔癖じゃないか。と律は心の中で毒づいた。


「よし、では作戦会議に入ろうか。まず、相手の女のことは律が探ることができる」

 向坂が腕組みをして話を始めた。


「ちょっと待ってください。何で俺が既にメンバー入りしているんですか?」

 勝手に始められた上に、強制参加となっているので律は瞬時に反発した。

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