子供舌なんです


「お茶菓子を先に召し上がってから、お茶を飲んでください。律さんは作法とか知らないと思うので、そのまま普通に食べて飲んでいただいて構いません」

 そう言って頭を下げる菜緒は、凛とした姿であった。


「上から目線が腹立つな」

 言い方がムカついたので律は口を尖らせた。


「何これ?」

 小皿の上に置かれた白い物体を手に取ると、律は眉を寄せた。白い物体の触感は冷たく薄い餅のようで、中央が黄色でそこから仄かに赤い線がまじった白い花のような造りだった。


「梅の花を見立てた和菓子です。中は梅味の白あんを使用しています」

 菜緒がそう答えた。律は梅の花をまじまじと見たことがなかったので、似ているかはわからなかったが、造りが精巧であることはわかった。


 律は和菓子を一気に口へ入れ、咀嚼する。最初に梅の酸味が広がったが、あんこの甘味も追いつき絶妙にマッチしてきた。


「結構美味いな。どこで売ってんの?」

 食べ終えた律が聞くと、

「私が作りました」

 菜緒は少し口角を上げた。


「……お前が? 中々やるじゃん。ま、いちごミルク味のペッキーの方が美味いけどな」

 律は率直な感想を述べたが、気に入らなかったのか菜緒はフンッと鼻息を出した。


「で? 茶を飲めばいいのか?」


「はい」

 菜緒は仏頂面で頷いた。


 律は茶碗を手に取り一口飲んだ。瞬間、口の中が青臭い味で満たされる。


「まぁあっず! 草じゃねぇか!」

 律は思わず大声を上げ、茶碗を置いた。


「……高級宇治抹茶なんですけど」

 菜緒が半目で律を睨んできた。


「嘘つけ! 俺への嫌がらせだろ?」


「はぁ……嘘じゃありませんよ。律さんなら私が嘘をついているのかわかるでしょ?」

 憤る律に、菜緒は溜め息まじりで答えた。

 ——本物。一杯五千円。


「これ……五千円もすんの?」

 目玉が飛び出る値段に律が驚くと、菜緒は表情そのままにゆっくりと頷いた。


「マジかよ。こーんなちょびっとでクソまずいのに、イチゴオレ十個分だと?」


「五十個分です。簡単な計算を間違えないでください」

 菜緒がすぐさま律の計算ミスを指摘した。まずい物を飲まされた上に、些細なことまで訂正されたので律は嫌な気分になった。


「もう要らない」

 と言って、律は茶碗を菜緒の方へ動かした。


「いや、飲んでください。律さんが一度口をつけた物を私は飲みたくありませんし、そもそも律さんが飲みたいって言ったから作ったんですよ」

 菜緒は再び律の前に茶碗を置き、律と視線を合わせて言った。菜緒は真剣な顔つきであり、百パーセント言う通りにやったという善意を律は感じた。


 なので、気は進まないが律は覚悟を決め、一気に抹茶を飲み干した。


「うぉええ……もう二度と抹茶なんか飲まん」

 やはり草の味しかせず、律は悶え苦しんだ。


「だから言ったのに、いちごミルクジャンキーでお子様舌の律さんじゃ飲めないってね」

 菜緒は茶碗や茶道具を片付けながら、律を嘲笑った。


「口の中が苦い! イチゴオレ買ってきて!」

 律はムカっとしたので強めに要求した。


 菜緒は律から命令を受けると軽く息を吐き、青いバックから紙パックのイチゴオレを取り出して律の前に置いた。


「備蓄してんのか? しかも、ちゃんと冷えてるし」

 イチゴオレを手に取った律が聞くと、


「バックの中に保冷剤を入れています。買いに行くのが手間ですし、律さんも待たなくて済むでしょ。ペッキーもありますけど食べますか?」

 菜緒はしたり顔で答え、ペッキーを差し出してきた。


「うん、食う。にしても、お前万能だなぁ」

 律はそう言い、財布から二百円を出して菜緒の前に置いた。


「別にお金は要りませんよ」


「うるせぇ金持ち。金銭のやり取りは後々トラブルに発展するんだよ」


「全く気が利かないし、頭も悪いのにそういうところだけはマメですね」

 菜緒は鼻で笑い、律から二百円を受け取った。


「一々嫌味を言わないと気が済まんのかお前は?」

 律が頬杖つきながら呆れていると、菜緒はプイっと顔を背けた。


「そろそろ、勉強をやりますか」

 菜緒はそう言って後ろを向き、鞄から勉強道具を出し始めた。律もイチゴオレを一口飲み、口の中もリフレッシュしたしやる気になったが、その時恒例のペナルティを思い出した。


「待て、パンツを見てないわ」

 そう、一日一回のセクハラである。


 菜緒は大きく舌打ちをし、

「……早くしてください」

 と無気力な態度で立ち上がった。


「今日は黄色か。はい、今日もおっきいですね」

 律は菜緒のスカートを捲り、胸を何度か揉むとどうでも良さそうに言った。


「あーやだやだ」

 菜緒は言葉と本音が連動しており、心底嫌そうであった。効いているようなので、もう少し続けるかと律は思った。


 律が座り直すと、菜緒は鞄から勉強道具を出してテーブルの上に置いた。


「じゃあ、改めて勉強をやりますよ。今日の数学は関数からでいいですよね?」


「おい待て。なぜ中学生向けの参考書を出している?」

 菜緒が置いた【簡単に理解できる数学(中学生版)】という参考書を見て、律は顔をしかめた。

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