更生を開始します
「あと、これな」
律はポケットから紙切れを取り出し、菜緒の目の前に置いた。紙切れの内容は、菜緒に命令されて律が買った物と金額が書いてあった。
「明日……は土曜か。来週の月曜、俺に使わせた金を全額持ってこい」
律は菜緒が紙切れを手にしたタイミングで言い、菜緒は内容を目にすると頷いた。
「そういや、この部屋テーブルないよな」
律が部室を見渡しながら言った。
菜緒に勉強を教えてもらいたいが、それにはテーブルがないと厳しい。律は携帯電話を手にし、槙島教諭に連絡を取った。
16時3分 部室にテーブルを置きたいんですけど、学校で使っていないテーブルってありますか?
16時3分 多分ないと思うな。それに、部活動で使う備品は基本的に部費でやりくりするものだよ。
槙島教諭からの返信を受け、
「この部活の部費は?」
と律が菜緒に聞いた。
「まだです。再認可されたばかりなので、来月からです」
菜緒はそう言った。
16時5分 テーブルが欲しいの? 買おうか?
律がどうしようかと悩んでいると、槙島教諭から追加で連絡がきた。嬉しい提案で一瞬アリだなと思ったが、だったら菜緒に買わせようと律は方向転換した。
16時6分 いや、来栖に買わせます。
16時7分 そっか(笑) だったら宛先はここで私宛にしておいて。
16時7分 了解です。
律は槙島教諭とのやり取りを終えると、携帯電話をポケットにしまった。
「お前、自腹でテーブルを買ってこい」
「え? あ、はい」
律の唐突な命令に、菜緒は若干驚いた仕草を見せたが頷いた。
「ここは和室だし、冬にはこたつとして使えるようなやつがいいかな。宛先はこの学校で茜先生にしておいて」
「わかりました」
テーブルを買う、あとはもういいか。そう、律が考えている中、ふと思い出した。
「そうだ。お前は俺のこと奴隷って呼んでいたな。まずはそれをやめてもらおうか」
呼び方の訂正を律は忘れていた。
「興城さん」
「普通すぎるな、と言っても様づけとか嫌だしなぁ」
菜緒が名字で呼んできたが、味気がないと律は感じた。
「名前にするか、律さん。これだとフレンドリーになるな」
——フレンドリーになりたくないんだけど。
菜緒が不快感を出してくれたので、律は名前呼びに決めた。
「名前にしよう。はい!」
律が手を叩くと、
「……律さん」
嫌々そうに菜緒は言った。
「お前はどうしようかな? 奴隷にする?」
——嫌だ。
「クズ、ゴミ、カス」
律は菜緒の呼び方を考えつつ暴言を吐くが、
——ムカつくな。
と、菜緒は顔を伏せ嫌そうな素振りを見せるもそれだけなので、律はピンとこなかった。
「んーそうだな……菜緒」
律はあえて自分と同じく名前呼びにすると、
——は? こいつに名前で呼ばれるなんて寒気がする!
効果があったようで菜緒は拒絶してきた。
「菜緒に決定」
「……何で?」
菜緒は伏せていた顔を上げ目を見開いた。
「お前、俺の話聞いてた?」
「そうか……思っていることがわかるんでしたね」
呆れ顔で言う律に、菜緒は表情を暗くさせた。
「昼飯、確か菜緒は自分で作った弁当だったな?」
「……クッ!」
相当名前呼びが嫌なのか、菜緒は反抗的な顔を一瞬見せたが、
「はい、そうです」
と最終的には従った。
「来週一週間は購買部の丼物にしろ。それから、ピクニックとかで使うようなビニールシートを持参な」
「はい……わかりました」
律からの命令に、菜緒は訝しげな表情をしながらも返事をした。
「んじゃ、今日はもういいかな。俺帰るわ。最後に、ここ閉めといてね」
律は立ち上がり、部室の鍵を菜緒の前に投げた。それから律は背伸びをし一呼吸置き、帰ろうと部室のドアノブに手を伸ばした。そしてその状態で菜緒へ顔を向ける。
「来週から頑張っていきましょう。ね? 菜緒」
笑いもせずにそう言った律。二人の視線は交わったが、菜緒は目を逸らし表情を曇らせた。
翌週の月曜日。
菜緒が購入したこたつ用テーブルが届き、そのまま茶道部の部室で組み立ててもらった。と槙島教諭から連絡があった通り、律が部室へ入ると既に置かれていた。
頑丈で角も丸くなっており見た目も良い。正直、自宅のこたつ用テーブルより遥かに良いので、律は取り換えようかなと邪念がよぎった。
その時、
「失礼します」
と元気のない声で菜緒が部室へと入ってきた。
現在は昼休み。菜緒は律に指示された食べ物を両手に持っていた。
「おー、テーブルありがとね。これ高かったよな?」
律はテーブルを触りながら菜緒に言った。
「いえ、それほど」
菜緒は顔色一つ変えずに答え、持っていた物をテーブルの上に置いた。
初等部からここに通ってるわけだから、裕福な家庭か。と律は金銭感覚の違いを察した。
「あと……これを」
菜緒が茶封筒を律へ渡そうとしてきたので、律は受け取り中身を確認する。
中身は律がパシリにされた分の金だった。
「ん。今後、人にたかるのはやめましょう」
律は茶封筒を懐にしまうと、そう言って非難の目を向けた。
――別にお金が目的じゃないし。
菜緒は顔を背けた。
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