依頼を終えた犬


「何か質問ある?」

 もぐもぐと口を動かしながら、律が聞いた。


「教師って……誰ですか?」


「お前らのとこの担任」


 恐る恐る聞いてきた菜緒に、律は即答した。


 ——槙島か……最悪。

 菜緒の表情からは、もう終わったと読めた。


 スクールカウンセラーでもある槙島教諭は生徒受けが良いと思っていたが、菜緒の反応からは絶望しか感じられない。律は槙島教諭が向坂と同類だとわかっているので、槙島教諭が敵だと思うと非常に嫌だが、菜緒もわかっていたとは予想外だった。


 しかしながら、自分のせいだし仕方ないよね。と全く同情せず、律は黙々と食べ進める。


 部室は異常なほど静かになっており、律が食事している音しかないので、

「ここのカツ丼って美味いよな」

 と律が気を利かせて四人へ話し掛けた。


 が、四人は完全に固まっており返事はなかった。


 まぁ、放っておくか。と思い直し、律は食事に集中した。


 ガツガツと食べる速度を早めカツ丼を平らげると、イチゴオレを飲み干す。ストローからは残りを吸い出すズビズビッという音がした。最後に大きなゲップをし、律の食事は終わった。


 残ったゴミをまとめ、律は立ち上がると部室内の時計を見た。


 時刻は午後一時十二分。


「昼休みがあと十五分くらいで終わるけど、できるだけ昼飯は食えよ。じゃあな」

 律はそう言って、軽やかに部室を出た。


 律は携帯電話を取り出し、SNSアプリで槙島教諭に連絡した。


 5月9日 13時13分 何?


 直ぐに槙島教諭から返事がきた。


 13時14分 依頼の件ですが、終わりました。


 13時14分 終わったって、イジメの証拠を押さえたの?


 13時15分 はい。僕がイジメられた映像があるので、後ほど見せます。放課後

でいいですか?


 13時16分 んー。


 この返事から三分経ってもこないので、律は携帯電話をポケットにしまった。それから数分後、携帯電話が振動したので律は再び取り出す。


 13時21分 次の授業、律君のクラスなんだけど自習にするわ。律君は体調不良ってことにするので、いつもの部屋にいるから証拠映像を持ってきて見せて。あと、マドレーヌがあるけど食べる?


 この人……本当に教師か?

 と、槙島教諭の返事に律は目を疑った。しかし、槙島教諭らしいといえばらしい。


 13時23分 わかりました、じゃあ準備して向かいます。マドレーヌも食べます。


 13時23分 OK! Good Boy!


 律が答えると、槙島教諭は英語で返信してきた。


 ……なぜ英語?


 そしてなぜ海外の愛犬家みたいな台詞?


 ああ、槙島教諭の使い走りをやっている犬だからか。と、妙に納得してしまった律であったが、別に悪い気はしなかった。


 やり取りを終え携帯電話をしまうと、律は鼻を鳴らした。


 律はトイレで用を足してから自分のクラスに戻り、鞄の中からフラッシュメモリを出した。席には座ることなく踵を返し、律は教室を出て槙島教諭のカウンセリング部屋へ向かった。


 律が丁度カウンセリング部屋へ着こうとした時、

「待った?」

 と、律の背後から槙島教諭が沢山のお菓子を抱えて現れた。


「茜先生。僕、菓子は好きですけど、大食い選手じゃありませんよ?」


「余ったら持って帰って。あと、僕じゃなくて俺でいいわよ。かしこまらなくていいから」

 槙島教諭はそう言うと、持っていたお菓子を律に渡し、カウンセリング部屋の鍵を開けて中へ入った。


 律も続きソファに座りお菓子をテーブルの隅に置くと、早速マドレーヌに手を伸ばした。槙島教諭は律がお菓子を頬張る姿に口元を緩ませ、部屋に鍵をかけて律の正面に座った。


 この部屋に来ると何かをさせられるが、結局お菓子に釣られてしまう。もう餌付けされている状態だな、と律は思った。


「これに昨日まで撮影したものが入っています。一応、日付ごとにフォルダをわけています」

 律は説明しつつ、フラッシュメモリを槙島教諭に渡した。


「ありがと」

 と言って、槙島教諭はノートパソコンを起動させた。


「ちなみに、どうやって撮ってたの?」

 槙島教諭は菓子の山から棒付きの飴を取り、袋を破いて口に入れた。


「これですよ。黒い点のところから撮影してます」

 律はポケットにしまっていた携帯電話の充電アダプターをテーブルへ置いた。


「うわぁ、こんなのあるんだ。怖い怖い」

 槙島教諭は充電アダプターを手に取りまじまじと見て呟いたが、飴を口に含んでいるのでもごもごしており、怖がっているようには見えなかった。


「見てもらう前に、一点確認をしたいんですが?」


「ん? いいよー」

 姿勢を正して言った律に対し、適当な感じで槙島教諭は相槌をした。


 緊張感がないけど、この人はこういう人だしいいか。と律は一瞬力が抜けかけたが。表情は崩さず口を開いた。


「元々は斉藤花音がイジメられているから解決して欲しい、という依頼でしたよね?」


「そうね」


「それは、ぼ……俺へ矛先を向けたことで解決しました。ですが、俺がイジメを受けているのを傍観しているので、斉藤花音も加害者側になりましたけどいいんですか?」

 律が話し終えると、槙島教諭は飴を口の端に寄せた。

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