三人とも被害者
向坂や遠山の忠告を素直に聞いて、平身低頭に徹していれば良かったのかもしれない。しかし、実際にやられてしまったわけで、悔いても致し方ないことである。火傷の跡が残ったら菜緒に医療費を請求しよう。と切り替え、律は大きく息を吐いた。
「随分と来栖さんの肩を持ちますね。斉藤さんと同じだ」
律は梨沙に顔を向け苦笑した。
「花音ほど擁護はしていないけど、私と紀子も元々は初等部生徒会からの付き合いで、菜緒とは仲が良いからね」
「仲が良いなら、こういうことをやめさせるのも友達の役目なのでは?」
律が厳しい視線を送ると、梨沙は目を逸らして溜め息を吐いた。
「言ってたよ。だけど、私も紀子もそれで一度イジメられた」
梨沙は律と目を合わせて言い切った。
「工藤さんと小林さんもイジメを受けていたんですか?」
三人共菜緒にイジメられていたとは意外で、律は驚いた。
「イジメといっても、あんたの扱いみたいに酷くはないよ。二、三週間、無視されたり仲間外れにされたりとかね。まぁ、さすがに花音にまでやるとは思わなかったけど」
説明していた梨沙の仕草には、乾いた笑いがまじっていた。
「いつ頃イジメられていたんですか?」
「私は中一の冬で、紀子は中二の夏頃だったかな。でも、今は気にしてないよ」
話終えた梨沙の表情から、
——本当に。
が読めたので嘘ではない。
しかも、二人共中等部時代にイジメられている。
花音が言っていた通り、中等部で菜緒を変える何かがあったのか?
律は思考を巡らせたが、今直ぐに明確な答えがでないので、引き続き梨沙から事情を聞き出すことにした。
「来栖さんは頻繁にイジメをされていたんですか?」
「んー。半年に一人くらいのペースだったかな。どれも私達と同じような感じで、さっきも言ったけどあんたみたいに重くはないよ」
梨沙の回答に対し、イジメに軽い重いなんかねぇよ。と心の中で言う律であった。
「中等部に上がってから来栖さんが変わったと、斉藤さんが言っていました」
「花音から聞いたんだ。……そうなんだよねぇ……何でだろ」
梨沙は上を向いて呟いた。
使えん、こいつもわからんのか。と律は内心舌打ちをした。
「イジメられてもなお、なぜ来栖さんといるんです?」
自分だったらイジメられた相手とは関わりたくないと思い、律は質問を投げかけた。すると梨沙は一旦口を閉じ、真面目な表情になった。
「花音は菜緒信者だから言わずもがなだけど、私も紀子も勉強や雑務なんかを助けてもらっていて恩がある。それに菜緒って何でもできるし、めちゃくちゃ可愛いじゃん。ウチらの学年では大人気で、嫌いな子なんていないんじゃないかな。要するに菜緒はカリスマで、友達ってだけで嬉しいんだよ」
梨沙は最後に軽く笑みを見せた。
菜緒は最上位であるから、そこにいるだけで幸せ。俗に言うスクールカーストって奴か。女子、男子に関わらずこのようなものはあるが、友達がいない自分とは無縁だったのでイマイチ理解しがたいものであったが、梨沙の説明で何となく律は察した。
「あと、菜緒は飽きが早いから、素直に従っていればその内解放される。これ以上、菜緒を挑発しない方がいい」
梨沙が助言をくれたが、
「僕が悪いんですかね?」
律は眉間に力を入れて言い返した。
その瞬間、紀子が息を切らして戻ってきた。左手には小さなバケツ、右手にはタオルを持っていた。
「購買で氷水とタオルをもらってきたよ。ほら、お腹出して」
紀子は律に近寄って座ると、バケツにタオルを入れて搾り、湿らせたタオルを律の患部に当てた。
「うっ……」
冷たさと痛みから勝手に律の声が出た。
「ていうか君さ、何で菜緒に余計なことを言うのかな?」
紀子がそう言うと、
「私も今、それを話してたところ」
梨沙も続き、二人揃って嘆きの息を吐いていた。
「ありがとうございます。後は自分でやります」
律は紀子からタオルを受け取り、礼を述べた。
紀子と梨沙は律が大丈夫そうだと判断したのか、帰る準備を始めた。
「一時間は冷やした方がいいよ。あと、菜緒を刺激しないように」
「次からは本当に気を付けなよ」
紀子、梨沙の順で言い、二人は部室を出ていった。
誰もいなくなった部室で患部を冷やす律。梨沙からの情報をもとに、頭の中で菜緒を軸に他三人のことを整理し始めた。
現状において、紀子、梨沙、花音、三人共一様に菜緒を庇って慕っている。一度はイジメられているのにも関わらず、望んでそうしている。スクールカースト的なことを述べた梨沙の言い分もわかったが、律にはDV被害者の感覚に近いと思えた。
菜緒が自分へ依存させるために故意にやっているとしたらサイコパスだが、振る舞いを見るにサイコパスとは思えない。それに、菜緒は何でもできるらしい、別に仲間を増やさなくても勝手に周りからチヤホヤされるし、無理に掌握する必要はない。また、菜緒が中等部から変わってしまったということ。未だに不明瞭な点は多く残ったままだ。
だが、またタバコを押し付けられたらたまったものではない。ここらで終いにしよう。
繰り返された暴力と罵詈雑言、極めつけには喫煙とタバコの押し付け、充分すぎるほどの証拠は揃った。
『次からは本当に気を付けなよ』
帰り際に梨沙が言った言葉である。
残念ながら次はもうない。明日の放課後に終わらせるか。
と、律は制裁することを決めたが、顔はいつもの無表情だった。
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