イジメられていた理由
「私のせいです。せめて学力だけでも追いつこうと、必死に頑張ったのが仇となりました」
花音は無理やり笑顔を浮かべた。
「斉藤さんを悪く言うつもりはありませんが、なぜ卑下してまで来栖さんと一緒にいたいんですか? 友達だからですか?」
「はい。それに、昔の菜緒ちゃんはこんなこと絶対にやりませんでした」
「でも、今はやっています」
律が言い切ると、花音は渋い表情になった。
「中等部に上がってからですかね。菜緒ちゃんの情緒が不安定になっていきました」
花音は俯いて呟いた。
「中等部に上がって何かが来栖さんを変えた……と?」
「そう……だと思います」
花音は自信なさそうに言ったが、真実であると律にはわかった。だが、菜緒が変わった真相はわかっていないようなので、これ以上聞いても無意味だと律は感じた。
「いずれにせよ、菜緒ちゃんは私にとって憧れで唯一無二の存在です。側にいることができるのなら、どんな形でも構いません」
真剣な表情で花音は言い切った。
思いが歪んでいるのか、真っ直ぐなのかはわからないが、花音が菜緒に憧憬し依存もしていると律には見受けられた。
これでひとまず、イジメを受けていた花音が負の感情を出さなかった謎は解けた。また、菜緒があまり積極的に花音をイジメなかったのも、幼馴染で花音に愛着があったからだろう。律は菜緒と花音の関係性を踏まえ、改めて本件を整理していたが、ふと気付いた。
……これって解決させる必要があるのか?
花音は菜緒に何をされても文句を言わずに従う。そして、菜緒も時間が経てば花音を許すだろうと律は思った。
『茜は本当に面倒なことしか頼まないはずだよ。絶対に裏があると思うけどな』
遠山の言葉が浮かんだ。
律がイジメられている映像は一週間分あるし、今直ぐにでも菜緒を追い詰めることは可能であるが、もう少し調べてみるか。と律は考え直した。
「しっかり言うことを聞いていれば、菜緒ちゃんもその内許してくれますよ」
花音は朗らかな顔でそう言った。
「だといいんですけどね」
「興城さんはわざとミスをしますからね」
苦笑する律に反して、花音は手厳しい反応だった。
「いやいや、本当に覚えられないんです」
「いいえ、ふざけてはダメですよ。菜緒ちゃんはそういうのを一番嫌いますからね」
律は真面目に答えたが、全く揺るがない様子の花音であった。
だから覚えられないって言ってるだろうが。メモを取らせない菜緒が悪い。常人の感覚でものを言うなよと、律は苦虫を嚙み潰したような顔になったが、どうせわかってはもらえないので言い返さなかった。
そうこうしている内に、律と花音は購買部へと到着した。
聖穏学園の購買部は教室ほどの広さがあり、文房具などや学校の備品から、食料は弁当やパンだけでなく菓子やデザートも置いており、品数はかなり豊富である。しかし、今は放課後なので弁当やパンは品切れであり、デザートも残り僅かだった。
昼休みは生徒でパンパンになっている購買部だが、放課後になれば閑散としている。律は早速用事を済ませようと思い、カウンターに行って初老の女性職員を呼んだ。
「えっと、ポテチのり塩味を一つ、ペッキーを一つ、いちごミルク味のペッキーを一つ、あと……ヘイチュウのいちご味を二つお願いします」
思い出しながらゆっくりと言う律であったが、
「興城さん、違います。ペッキーはチョコ味二つに、ヘイチュウは青りんご味を一つです」
花音が即座に訂正してきた。
「ん? どっちなの?」
女性職員は戸惑っていた。
「すみません。ポテチのり塩味を一つ、ペッキーを二つ、ヘイチュウはりんご味を一つでお願いします」
「あいよ」
花音がスラスラと述べ、女性職員は相槌をして動き始めた。
「そうでしたっけ?」
と言って眉を中央に寄せる律に、
「そうですよ。全く、さっきふざけちゃダメって言ったじゃないですか。それに、何で毎回いちご味を選ぶんですか?」
花音は大きく溜め息を吐いた。
いや、本当にふざけてないし、興味がないから直ぐ忘れて覚えられないんだよ。と、再び苦い顔となる律であった。
しかし、花音がついてきてくれたお陰でこの日は余計な出費もなく、菜緒から足蹴にされることも少なかった。
買い出しだけでも付き合ってくれると助かるなと律は思っていたが、ゴールデンウィークが明けた翌日、花音は部室に来なかった。
そして、次の日も花音は来なかった。
これで、ゴールデンウィーク明けから二日連続である。
花音が不在なため買い出しでミスをしまくる律は、案の定菜緒から踏みつけ蹴られまくるわけだが、そんなことよりゴールデンウィークで花音に何かあったのかもしれないと、ずっと休んでいることが気になった。
律はいつも通りの背筋を伸ばした正座をしつつ、奥にいる三人へ目を向けた。
「今日も斉藤さんはいないんですね?」
「何? 奴隷は花音が好きなの?」
菜緒は菓子を食べながら冷たく笑った。
「いいえ、全く興味ないです」
表情一つ変えずに即答する律。菜緒はつまらないとでも言いたげな顔になり、
「花音は三日前から風邪を引いてる。あの子は身体が弱いから」
と言った。
「なら良かったです。イジメを苦にして登校を拒否しているのかと思いましたよ」
律は微かに口元を緩め、そう言った。
その時、三人一斉に動きを止めた。
——気付いていたんだ。
紀子と梨沙は呆気にとられた表情をしており、
——花音をイジメていた時はこいつが来る前、どこから気付いていた?
菜緒は一瞬鋭い目つきになった。
「……何のこと?」
しらを切るつもりなのだろう、菜緒は微笑を浮かべた。しかし、本音が読める律に効くはずがない。
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