律、奴隷になる
主に昼休みと放課後に部室へ呼び出され、正座、もしくは土下座がデフォルト。常に罵詈雑言を浴びせられ、理不尽に蹴られることも多い。
特に菜緒のお気に入りは、購買部の弁当を箸を使わせないで律に食べさせることで、文字通りの犬食いを律にさせ、食べ物が床にこぼれたら菜緒が律の頭を踏みつける、というものだった。踏みつけた後は必ず律の顔を上げさせ、米粒やおかず、ソースが付いた律の顔を見ては嬉しそうに暴言を吐いていた。
特殊な性癖の持ち主ならご褒美になるのかもしれないが、あいにく律はそういう性癖ではない。菜緒の嫌がらせにある程度は我慢できたが、弁当犬食い踏みつけは精神的に結構くるものがあった。
また、以前に花音も同じことをされていたが、指示された物を買ってきても菜緒達は食べたり飲んだりしないので、全て律が負担することになっていた。概ね一日に五千円は財布から消えていくので、家が貧乏な律にとってはこの仕打ちが一番キツかった。それに、食料も極力自分で処理しているが、律は大食漢ではないので限界があった。
しかも、買い出しの品を律がナチュラルにミスをするので、更に菜緒の怒りを買うことになってしまい、追加で買わされるという悪循環にはまっていく。
これは律にも非があるが、律はそもそも覚えが悪い。律は指示されている際にメモを取らせて欲しいと言ったが、菜緒からはそんな簡単なことも覚えられないのかと却下される。律は素直に簡単なことも覚えられないのだと言い返すが、バカにしてる、生意気だと足蹴にされるのであった。
こんな理不尽極まりないイジメが始まってから、一週間が経過。
放課後。律は菜緒に買い出しを指示されたが、今日は花音がついてきた。律がミスを連発するので、本当に欲しい物があるのだと律は思った。
「ついてきてもらってすみません」
「あ、大丈夫ですよ」
部室から購買部へ向かう中、謝る律に花音は薄く笑った。
昼休みと放課後以外はわからないが、当初の目論見通り菜緒の矛先は律に向いており、花音がイジメられることはなくなった。だが、念のために確認しておくかと律は思った。
「斉藤さんは手慣れていますね」
いきなりイジメは収まりましたか?
と聞いたら怪しまれるので、律は探るような言葉を選んだ。
「菜緒ちゃんとは長い付き合いで、ずっと一緒にいましたから」
花音は吐息を漏らしながら微笑んだ。懐かしんでいるのだろうか、その顔つきからはマイナスなイメージを微塵も感じさせなかった。
「では、昔からこのようなことをしていたんですか?」
「まぁ……そうですね」
花音の表情が曇った。
——仲良くはしていたが、今とは違う。
タイミング的にも今だと律は思い、
「昼休みに右往左往、ご飯をしっかり食べられなかったですもんね」
ボソッと言った。
花音が咄嗟に律へ顔を向ける。
——この人、私がやられていることを気付いていたの?
その通りだが、そうですとは答えられないので、
「すみません、たまたま中庭で見てしまいました」
律は罰が悪そうに言った。
律の言葉に花音は若干硬直していたが、軽く息を吐くと口を開いた。
「こうなったのは、高等部に上がってからですよ。それに今はもうあまり……。そもそも、菜緒ちゃんは悪くありませんし」
イジメがなくなってきたことの言質は取れたが、律は最後の言葉が腑に落ちなかった。
イジメの加害者に是や義があるはずなどない。
イジメは被害者にも原因があるという輩がたまにいるが、そんなのものはあり得ない。加害者がイジメをしようと思わない限り、イジメは百パーセント起きない。
今、律は菜緒からイジメを受けている。
これは意図的に菜緒へちょっかいをかけたことが起因なのだろうが、イジメをしようと思わない女子であれば、律を気持ち悪がって近寄ってこないし無視をする。それか、可能性は低いが優しく対応される。本来ならば、それで終わる話なのだ。
イジメの被害者の落ち度はゼロ。
人の本音がわかる律にとって、これは当然の理だった。
「来栖さんが悪くない……とは?」
納得いかない思いがあるからか、律は自然と険しい目つきになった。
「私、入学式の時に新入生代表の挨拶をしたんです」
律から目線を逸らし、花音は前を向きながら言った。
「知っています」
「それが原因です」
「……ん? 斉藤さんが不正をして新入生代表になったんですか?」
わけがわからないので、無意識に律は聞き返した。
「いいえ。中等部最後の学期末テストで一位だった生徒が、自動的に新入生代表になります」
「じゃあ、問題はありませんよね?」
「でも、菜緒ちゃんは中等部の間テストはずっと一位で、生徒会長もしていたんです。たまたま最後のテストが不調だっただけで、新入生代表になれなかった。菜緒ちゃんの家は凄く厳しいので、多分かなり怒られたんだと思います」
花音は話し終えると下唇を噛んだ。
……それだけ?
そんな些細な、ちっぽけなことなのか?
正直、律は開いた口が塞がらなかった。
いやしかし、人の価値観は異なる。律にとってはどうでもいいことでも、菜緒や花音にとっては重大なことなのかもしれない。とはいえ、菜緒がイジメをしているのだから、花音に非はなく菜緒が悪いことに変わりはない。
律は花音に気付かれぬよう、瞬時に頭を切り替える。花音が沈んだ様子だったので、律は話題を変えて情報を得ようと考えた。
「長い付き合いと仰っていましたが、来栖さんとはいつ頃から?」
「初等部一年生の時からです。頭が良くて運動も得意で快活、それに何より凄く可愛い。菜緒ちゃんは皆の人気者でした。一方私は鈍くさいので、よくからかわれたり意地悪をされたりするわけですが、菜緒ちゃんがいつも助けてくれました」
「イジメを助けてくれたヒーローからイジメられる。皮肉なもんですね」
頬を赤く染めて思い出を語る花音を、律はバッサリと切り捨てた。
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