上司は似た者同士
「仕方ねぇな」
向坂はそう言い、律の携帯電話を手に取った。恐らく律が撮影した部室の写真を確認しているのだろう、向坂は携帯電話を弄りながら唸っていた。
その状況が数分続いたが、向坂は律の携帯電話をテーブルの上に戻すと、自分のデスクに戻って屈む。向坂が色んな引き出しをまさぐっている音が聞こえた。
「これでいけるかもな」
向坂はそう言って、デスクの下から顔を出した。向坂は何かを握って律の前に座り直し、テーブルの上に握っていた物を置いた。
向坂が置いたのは、携帯電話の充電アダプターだった。
「これ、カメラが内蔵されているんですか? どこから撮影するんです?」
「USBの差し込み口の上に黒い点があるだろ? そこから撮影する仕組みになってる」
律は向坂に言われたところを調べてみると、確かに黒い点があった。律はもっと大きい物を想像していたが、これほど小型化や擬態できるようになっているとは驚きだった。
「音声もですか?」
「勿論。しかも、携帯電話で設定ができるから、携帯電話からカメラの起動や停止が可能だ」
向坂は得意げな表情で答えた。
「それから、これは電源に直結だからバッテリーの心配は要らない。ただ、撮影時間の上限が六時間くらいになっていて、越えると自動的に上書きされる仕様になっている。二、三日に一回は回収して、パソコンに映像を移す必要があるな。携帯電話への設定方法も含め、やり方や仕様は後でメモして送るから」
「何から何まですみません」
覚えが悪い律に向坂が配慮してくれているので、律は申し訳なさそうに言った。しかし、向坂は気にするなという表情で話を続ける。
「部室に入って直ぐの場所だけでもいいかもしれんが、一応奥の方にも付けよう。まだあるから持ってくるわ」
向坂は設置場所を指さしてから、またデスクへ向かった。
その間、律は向坂に指示されたところを見返す。部室に入って真横の左と、段差がある奥。南からと西から、部屋全体は撮影できる思ったが、
「低すぎませんか?」
コンセントの位置が低いので、立った状態でも映るのか律は不安だった。
「ワイドに映るから大丈夫だよ。それより、バレないように回収することを考えろ」
向坂はそう言いながら、もう一つ同じ物をテーブルに置いた。
「その点は心配いりません。茜先生がダミーの鍵を用意してくれるそうなので、鍵は常に持てます。だから自由に出入りはできます」
律が説明すると、
「あ……そう」
「……茜」
向坂と遠山は苦笑していた。
「一月は借りるかもしれません。いくらですか?」
律が鞄から財布を取り出すと、
「毎回世話になっているし要らんよ」
向坂は何食わぬ顔でコーヒを口に運んだ。
「守銭奴の向坂さんが無料で? 怖いんですけど?」
「平気よ、りっちゃん。私がしっかり守らせるから任せて」
戸惑いの表情をする律に、遠山が微笑みながら拳を握った。
「お前ら、俺を何だと思っている」
向坂は半目になり、わざと音を立ててコーヒーを飲んだ。
「にしても、最初は女子同士のイジメだったんだよね? 被害者の子は平気なの?」
遠山は紅茶を口をつけてから、律に聞いてきた。
「それが変なんですよね。パシリや嫌がらせはしているけど、被害者はあんまり嫌そうじゃないし、加害者もそこまで乗り気じゃないというか……。俺を屈服させようとウキウキした顔とは違うんですよね」
「本当はイジメじゃないってことか?」
向坂が眉間にしわを寄せた。
「や、イジメてるのは事実なんですけど、何かぬるいんですよね」
花音が菜緒の鞄を持つ姿を思い出し、律は納得いかない気持ちを言葉にのせた。
「茜は本当に面倒なことしか頼まないはずだよ。絶対に裏があると思うけどな」
遠山に言われ、確かにそうだなと律も思った。
槙島教諭はスクールカウンセラーだけあって、生徒の機微には敏い。生徒同士にいざこざはつきものであり、大なり小なりイジメも必ずある。それもわかっているはずだ。だが、槙島教諭は本件を自分に依頼してきた。これには必ず意味がある。
「癖がありそうな先生だな」
律が考え込んでいると、向坂はフッと笑った。
律は向坂の顔をジッと見た後、遠山へと視線を移した。すると遠山はハッとした顔になり、律と一緒に向坂へと顔を向けた。
「……何だよ?」
向坂は不愉快そうに眉をピクッと動かした。
「面倒くさいことを丸投げする奴……似てるよね?」
「はい。ずっと茜先生が誰かに似てると思っていましたが、向坂さんだったのか」
遠山の言葉に律は賛同し、ようやく槙島教諭への既視感がわかった。
「おい」
向坂は再び半目になり、ツッコミを入れてきた。
律と遠山はその姿に笑い、場が和んだ。相談が終わり、律はシフォンケーキを食べながら近況を二人に話し、三人は他愛もない雑談を始めた。
二十分後。シフォンケーキも食べ終え、律は帰り支度を始める。
「決めたことをとやかく言うつもりはないが、女子だからって甘く見るなよ」
給湯所でタバコを吸いながら、向坂が言った。
「そうそう。女子って結構陰湿だから気を付けてね」
律の背中をポンポンと軽く叩き、遠山も続いた。
「土下座とかパシリをするだけで、多分大丈夫だと思いますよ」
二人の心配は杞憂だと言わんばかりに、律は明るい表情だった。二人にお辞儀をした後、律は向坂探偵事務所を出た。
男子じゃないんだから、暴力とかを受けるわけでもないし平気だろう。
そう、律は楽観視をしていたのだが。
……そうでもなかった。
まず、菜緒に限るが、律の呼び名は奴隷となった。
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