ミッションスタート?


 菜緒は軽蔑の視線を向けるだけで何も言わず、花音は菜緒の濡れたブレザーをハンカチで拭いていた。


「ほ、本当に申し訳ないです。クリーニング代が必要なら仰ってください」

 律が震えながら謝ると、

 ——こいつずっと震えてるじゃん。弱々しいな。

 菜緒の表情からそう読み取れた。


「ぼ、ぼ、僕にできることがあれば、な、何でもやります」

 震えるのが効果的なんだな。

 と律は思い、どもり、震え、怯えをふんだんに披露した。

 ——情けない奴。

 と菜緒は冷笑していたが、

「気にしないでください」

 澄まし顔に戻った。

 ——気持ち悪い男だけど、憂さ晴らしや適当にこき使おう。


 菜緒の照準に入ったので、律は見えないように顔を伏せ口角を上げた。


「ぼ、僕は、よ、四組にいますので、不備があれば呼んでください」

 律はダメ押しとばかりに謝り続けた。


 ——自分からひれ伏してくるなんて、バカなのかしら?

 菜緒は内心嘲笑いつつも、

「わかりました。では、何かあればご相談します」

 取り繕った笑みで言ってきた。


 四人が校舎へと戻っていく様を見届け、律は一息ついた。


 この学園の女子は男子に免疫がなく、若干怖がっている節がある。したがって、女子よりも男子を屈服させる方が満足度は高いはずだ。狙いはこちらに定まり、準備は整った。後は待つだけだな。と、律は微かな笑みを浮かべ教室に戻った。


 午後のホームルームが終わり生徒が散っていく中、律は席に座ったままであった。そして、教壇にいる矢島教諭と目が合う。

 ——今日は合コン。興城君、帰らないでね!


 あー、面倒くさいなぁ。と律が矢島教諭から目線を逸らすと、横に花音が立っていた。


「あのう……ちょっと来てもらえますか?」

 花音が申し訳なさそうに言った。


「あ、はい」

 早速釣れたことに律は喜び、笑顔になりかけたが必死に堪えた。律が女子と喋っているので入ってこれないのか、矢島教諭は教壇に立ったまま呆然としていた。

 ——え? 今日の占いはなし?


 はい、なしです。と律は頷いた。


 矢島教諭はしょんぼりし気の毒だと思ったが、合コンより生徒のイジメ問題の方が重要なので、律は遠慮なく無視して花音についていった。


 花音はついてこいと言ったが、表情から花音の意思ではないと判断できた。十中八九、菜緒が待っているんだろう。と思いながら律はついていくが、花音は校舎を出て学園内の外れへと向かっていった。


 そして、花音が一旦足を止めた場所。


 外装はレンガ造り風のオシャレなデザインで、二階建ての建物が二つ並んでいた。


「あの、ここは?」


「部室棟です」

 律が聞くと、花音は即座に返答した。


 部室棟っていうとプレハブ小屋みたいなのを想像してしまうが、まるで高そうなアパートのように見えた。さすがはお嬢様学校だなと律が感嘆していると、花音が再び動き出し建物の二階へと上がっていくので、律は急いでついていった。


 花音は一番奥まで進むと、部屋のドアを開けた。


「菜緒ちゃん。連れて来たよ」

 そう言って花音は部屋の中に入った。


「失礼します」

 律はお辞儀をしながら入り、顔を上げると部屋を見渡した。


 中は六畳間の畳。何て書いてあるかわからないが掛け軸もあり、窓の内側はカーテンではなく障子になっている。奥には段差もあり茶器のようなものが置いてあった。


 部室が何で和室?


 そう律が疑問に思っている中、

「座って」

 という声が聞こえ、律は声の主である菜緒へと顔を向けた。


 菜緒は窓際に座っており、隣には紀子と梨沙もいた。だが、なぜか菜緒だけは学園指定のオリーブ色のジャージを着用しており、制服姿ではなかった。


「あの……何でしょうか? クリーニング代の件ですか?」

 律は靴を脱いだ後、恐る恐る聞きながら正座をした。菜緒は、それでいいと言わんばかりにほくそ笑む。


「あなた名前は?」


「興城律と言います」

 菜緒からの質問に、律は猫背になり答えた。


「興城君、あなたのせいで私の制服がダメになってしまいました」

 菜緒は大袈裟に落ち込む仕草をした。


「え? 水だったはずですが?」

 律は慌てて聞き返した。


 おいおい、水なんだから直ぐに乾くだろう。本当はいちごオレが飲みたかったのに、制服を汚しちゃ悪いと思って我慢したんだぞ。と律は納得がいかなかったが、悟られぬようしっかりと困惑の表情に徹していた。


「あんたがかけた水は腐ってんのよ」

 紀子が律をキッと睨んで言い、

「そうそう、気持ち悪いからね」

 梨沙も追撃してきた。


 気持ち悪いのはもうわかったが、水を腐らせるとかそんな特殊能力はねぇよ。と律は心の中で反論していたが、

「どうすればよろしいんでしょうか?」

 弱々しい声量で聞いた。


「そうねぇ。まずは土下座して謝って」

 菜緒は不敵な笑みを浮かべ、律に言い放つ。それに口調が敬語ではなくなった。


 律は言われた通りに土下座をした。


「ハハッ、見てよこいつ。男なのに土下座してダッサ」

 菜緒が嘲笑すると、紀子と梨沙からも笑い声が聞こえた。


 十秒ほど土下座をしていたので、もういいかと思い律は面を上げた。しかし、菜緒は気に食わなかったようで、鋭い目つきになった。


「勝手に止めないで。はい、もう一回」

 菜緒に言われ、律はすぐさま土下座をし直した。すると、誰かが立ち上がって近付いてくる音が聞こえた。律が不思議に思っていると、頭を足で踏みつけられた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る