ファーストコンタクト


 女子達は、菜緒、紀子、梨沙の三人だった。


 花音がベンチに着くと、三人にパンやジュースを渡してペコペコと頭を下げていた。律は四人から一番遠くのベンチに座り、携帯電話を弄っている振りをしながら観察していた。なお、律の視力は2.0と良いが、四人との距離が結構あるので、さすがに声は聞こえないし表情から読み取ることもできなかった。


 花音は三人から一人分離れた位置に座り、弁当を広げようとした瞬間、三人へと顔を向けた。そして間もなく立ち上がり、去っていく。数分後、花音はジュースを持って戻ってきたが、菜緒に首を振られて謝る。このやり取りが何度も行われた。


 パシリにされているのは明らかだが、花音が持ってきたパンやジュースに三人は手をつけない。ただ、花音の横に山積みとなっていった。これは花音への嫌がらせであり、悪意があると律は感じた。また、動作から推察するに、花音へ指示を出しているのは主に菜緒だった。


 要するに、菜緒がボスで花音をイジメている、と。


 状況を理解した律は、菜緒への接触を試みることにした。


 とはいえ、いきなり菜緒にイジメをしているだろうと追及したところで、しらを切られたら証拠がないので終わりだし、余計に警戒されることになってしまう。なので、当初の予定通り弱々しい男子を演じて釣ることにした。


 昼休み終了まで残り五分、四人はベンチから立ち上がり渡り廊下へと歩き始めた。


 菜緒を先頭にして歩く四人を眺めつつ、律は財布から小銭を取り出して握り締める。律は四人から見えないよう横から素早く出て、わざと菜緒にぶつかった。軽くぶつかっただけなので菜緒はよろめかなかったが、律は握っていた小銭を勢い良く地面に落とした。


「あ、すみません! ごめんなさい」

 律は菜緒に謝ってから、慌てて屈んだ。


「平気ですよ。大丈夫ですか?」

 菜緒は笑顔でそう言い、律が落とした小銭を拾い始めた。

 ——何この鈍くさい男? 面倒だなぁ。


 おうおう、さすがに演技が上手いな。と内心笑いながら律はあたふたしていた。


 花音が小銭拾いに参加すると、菜緒が花音に顔を向ける。

 ——遅い! 私が拾う前にやりなさいよ。


 これはまずい、花音をイジメる理由を与えてしまった。と律が後悔している中、菜緒と花音は手早く小銭を拾い終えた。


「すみません、本当にありがとうございました」

 菜緒と花音から小銭を受け取り、律はお辞儀を繰り返した。


「いいですよ。気を付けてくださいね」

 爽やかな顔で言う菜緒だったが、

 ——二度とやるなよ。あとで花音に怒らないと。

 本音はやはり違った。


 このまま行かせるのはよろしくないので、律は転ぶ振りをして後ろから菜緒のスカートを掴んで下した。


「きゃあ!」

 と叫ぶ菜緒。淡いピンク色のパンツが律の目に映った。


「すみませんすみません! 転んだ勢いでつい……」

 律は立ち上がると頭を下げ、オロオロした。


「ちょっとあんた、わざとじゃないよね?」

 梨沙が律へ鋭い視線を向けてきた。


「そんな……滅相もないです!」

 律は大袈裟に首を振った。


「いいよ。梨沙」

 菜緒はスカートの位置を直しながら梨沙に言い、

「本当に……気を付けてくださいね」

 律へ作り笑いを向けた。

 ——触られたところは除菌シートで拭こう。


 バイキン扱いには苦笑いであったが、これで菜緒は花音への怒りが和らいだと律は感じた。それに、個体認識はしたであろうし、ファーストコンタクトとしては上々だった。


 その後授業が終わり、律は放課後も動向を探ろうとしたが、恒例となった矢島教諭への占いで時間を取られてしまい、四人を見失ってしまった。


 律は槙島教諭へ相談し、四人が部活に入っているかを確認してもらったが、四人はどこにも所属していないとのことだった。放課後や学園外などでの態度も見たかったが、致し方ないと律は明日へと切り替えた。


 そして翌日。


 律は昨日と同じように、休み時間には一組へ四人をチェックしに行き、四人がたまたま廊下を歩いている時は、猫背になってフラフラしつつ故意にぶつかり、泣きそうな顔で菜緒へ謝った。三度目の接触で効果があったのか、菜緒の表情から明確な嫌悪感が滲み出てきた。


 あと一押しでいけるかもな。


 中庭の端であんぱんを食べながら、律はそう思った。今日の昼休みも昨日と同様に、花音は右往左往していた。


 昼休みが終わりそうになり、四人はベンチから腰を上げた。四人は横並びだったので、律は急いで後ろへまわり、水の残量が三分の一になっているペットボトルのキャップを外した。忍び足で近付き、律は背後から菜緒のブレザーに水をかけた。


「ああ!」

 しまったと言わんばかりに律は大声を上げた。その声で気付いた四人は振り返る。


「菜緒! ブレザーが!」

 紀子が菜緒のブレザーを指さし、菜緒は慌てて脱いだ。菜緒は濡れているところを確認した後、律へは鋭利な眼差しであった。

 ——こいつ……昨日から何なの! 気持ち悪いな!


 よしよし、手応えあり。律は満足しながら何度も頭を下げていた。


「マジであり得ない」


「さっきも菜緒にぶつかってきたよね? きもいんだけど」

 梨沙が吐き捨てるように言い、紀子も続いた。

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