依頼に対する律の返答(最初で最後の一回のつもり)


「全くタイプじゃないですし、四人共興味ないです。単純に自分は対人間にしか記憶力が働かないので、顔を絶対に忘れないだけです」

 半目で言い返す律に、

「そかそか」

 と槙島教諭は軽いノリであったが、直ぐに表情が険しくなっていった。


「実は、斉藤さんがグループ内でイジメられているみたいなのよ」


「じゃあ、イジメの原因を調べて解決すればいいんですか?」


「簡単に言うね? やれるの?」

 槙島教諭はペッキーを手に取り口に近付けたが、動きを止めた。


「やらそうとしている当人がそれを言いますか?」


「確かにそうね」

 律が苦笑すると、同じく槙島教諭も苦笑いを浮かべた。


「写真はいる?」


「結構です。さっきも言いましたが、一度見たら人の顔は覚えるので」

 写真を差し出す槙島教諭を、律は手で制した。


「茜先生、これは恩返しです。だけど、こういうのは今回限りですからね」

 律は立ち上がり槙島教諭に目を向けた。


「考えとく」

 ——まだまだダメよ。


「全く考える気配がない」

 言葉と真意が真逆なので、律は渋い顔になった。


「わかったわかった。重たいのは本当に考えとくわ。でも、本件を完璧に終わらせることが条件よ。根元から……完璧にね」

 槙島教諭は律を宥める仕草であったが、最後は含みを持たせる言い方であった。その態度が少し気になったが、


「了解です」

 律は素直に従った。


「トラブルシューターとして本物か、お手並みを拝見するよ」


「とらぶる……しゅーたー? どういう意味ですか?」

 足を組み微笑む槙島教諭に、律は眉間にしわを寄せ聞き返した。


「英語よ。辞書で調べなさい」

 槙島教諭は呆れた表情で言い、


「あと、あんまり時間を掛けないでね。夏休み前には終わらせてよ」

 と追加注文をしてきた。


「来月いっぱいか、遅くても七月までには終わらせます」


「随分自信があるわね。どういう方法でやるつもりなの?」

 断言した律に興味がわいたのか、槙島教諭は写真を片しつつ聞いてきた。


「実際にイジメられてきます」

 律は無表情のまま述べた。


「……は?」

 槙島教諭はポカンとし、手に持っていた写真がテーブルの上に落ちた。


 一方、律は顔色一つ変えず、軽く頭を下げてから部屋を出た。


 一時限目が終わり、律は席を立つとクラスを見渡した。


 女子二十五名に男子は十名。一学年は全部で四組まであるが、比率はそんなに変わらない。外部入学生もいるが、ほとんどの女子はエスカレーター組と槙島教諭が教えてくれた。


 他のクラスはわからないが、律のクラスで男子とコミュニケーションを取ろうとする女子はいない。恐らく、小中と男子に触れ合う機会がなかったからだろう。免疫がなく抵抗を感じているようで、女子は怯えや嫌悪の表情ばかりであった。


 そんな中、一部の男子は積極的に女子へ話し掛けているが、やはり女子からの反応は芳しくなかった。


 次第に女子も慣れていくのかもしれないが、律にとってこの状況は悪くなかった。


 というのも、律は本音が読めるので精神年齢だけが高くなってしまい、同年代の男女が苦手であり、笑顔で嘘をつく女子は特に苦手だった。したがって、律は女子と仲良くする気は毛頭なく、女子と仲良くなろうとしている行為自体が正気の沙汰とは思えなかった。


 律はクラスを出て、一年一組へと向かう。最中、複数の女子達とすれ違うのだが、律は頭が痛くなりそうだった。


 ——こいつ、さっき男子に色目を使いやがって。


 ——またいつもの自慢が始まったよ。


 ——ブスな癖によく言うわ。


 律が見える本音とは裏腹に、女子達は楽しげに話したり、腕を組んだりと仲睦まじい姿であった。もう律は慣れたが、入学してから二、三日はかなり混乱した。


 一応、聖穏学園は県内でも名の知れたお嬢様学校なのだが、中学生時代の女子より酷い。僅かながらお嬢様学校というワードに期待していたが、初日でその幻想は粉砕された。


 律はなるべく女子と視線を合わさないように歩き、一年一組の中を出入り口の扉越しから確認をした。ずっと見ていると怪しまれるので、休み時間につき一往復が限度であったが、昼休みまでの三回でも何となく把握できた。


 窓際で一番後ろの席に菜緒が座っており、菜緒を中心に紀子と梨沙の三人が談笑している。花音はその輪から一メートルほど離れたところにおり、ずっと愛想笑いをしていた。


 昼休み。


 律は自分の机でカレーパンといちごオレを三分で平らげ、すぐさま教室を出る。律は四人の様子を見ようと一組へ足を進めたが、着いた瞬間に難しい顔になった。


 なぜなら、窓際後方にいるはずの四人が見当たらなかったからである。律は念のために扉を開けて教室全体を見渡したが、四人はやっぱりいなかった。


 昼休みが始まってから四分が経過したばかりで、女子が食べ終わるはずはない。どこか別の場所で食べているはずだろう。と、律は一組を離れた。


 聖穏学園の高等部には学食がない代わりに購買部があり、品揃えはかなり良い。もしかしたらそこに行っているのかもしれないと思い、律は購買部へと向かった。


 一年生は一組から四組まで同じ校舎の一階にあり、購買部は中庭を挟んで別校舎の一階隅にある。距離もそれほどないので直ぐに着いたが、昼休みの購買部は大盛況で人がごった返しており、律は遠巻きに眺めることしかできなかった。


 この中に四人がいるのかはわからない。しかし他に当てもないので、律は購買部の出入り口付近で注視することにした。


 それから約五分後、群がっている人の中から花音がパンとジュースを抱えて出てきた。これは幸いだと、律は花音に気付かれぬようこっそりついていく。花音は渡り廊下から中庭に入っていき、ベンチに座っている女子達へ近付いていった。

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